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2 第一世代の展示

(1)テーマ展示

 テーマ展示は、豊かな自然や長い歴史と伝統をもつ鹿児島の生い立ちから現在までの姿、特に明治維新に当たって発揮された県民のエネルギーをつくり上げた鹿児島の歴史・風土の特色を、誰でも理解できるように4つのテーマ基調を設けて展示したものであった。この展示は、テーマ基調、テーマタイトル、事項、項目と分類され、編年的な展示にとらわれずテーマ基調を理解できるように、歴史・民俗・考古等の資料を縦横に活用して展示するものであった。
 次に展示構成を紹介する。

テーマ基調A

 県民のエネルギーの源泉となったものは何か。
A1 太陽と海・火山の国鹿児島  (テーマタイトル)
 A11 鹿児島の自然       (事項)
  A111 鹿児島のすがた   (項目)
  A112 鹿児島の特徴ある動植物
  A113 サンゴ礁の島
A2 隼人のくに
 A21 隼人の生成
  A211 南九州の旧石器時代
  A212 縄文文化
  A213 弥生文化
  A214 古墳文化
  A215 奄美の先史時代
  A216 薩摩・大隅の国
 A22 南へ開く窓
  A221 丸木舟
  A222 仮面行事

テーマ基調B

 県民のエネルギーは何によってつちかわれたか。
B1 自然への対応
 B11 自然の脅威
  B111 自然の脅威
 B12 農山村
  B121 昔からの農具
  B122 山の仕事
 B13 漁村
  B131 昔からの漁法と漁具
(展示場の動線としては、この後にマンスリーホール〈望岳堂〉があり神話の展示を行っていたが、マンスリー的な利用は実現しなかった)
B2 薩摩の社会と文化
 B21 古社寺と豪族
  B211 古社寺と豪族
 B22 武家社会の形成
  B221 関東武士の入部と島津氏の発展
  B222 郷士と庶民
 B23 文化と宗教
  B231 薩南学派の興隆
  B232 庶民の信仰
  B233 民俗行事・芸能・娯楽
B3 広がる薩摩
 B31 広がる薩摩
  B311 鉄砲とキリスト教の伝来
  B312 大陸との貿易
  B313 琉球との往来
  B314 朝鮮出兵と薩摩焼

テーマ基調C

 県民のエネルギーはどのように活用されてきたか。
C1 維新の前夜
 C11 財政の建て直し
  C111 木曽川の治水工事
  C112 調所広郷の改革と農民の負担
 C12 薩摩士風の育成
  C121 薩摩刀
  C122 造士館・演武館
  C123 郷中教育
 C13 近代知識の導入
  C131 斉彬と集成館
  C132 薩英戦争
  C133 ヨーロッパ留学生とパリ万博への参加
C2 明治維新と鹿児島
 C21 倒幕派の台頭
  C211 安政の大獄と桜田門外の変
  C212 久光の公武合体運動と寺田屋事件
 C22 戊辰戦争
  C221 薩長連合
  C222 戊辰戦争
 C23 明治政府の誕生と藩制の崩壊
  C231 明治政府の誕生
  C232 藩制の崩壊
 C24 西南戦争
  C241 遣韓論をめぐる争い
  C242 私学校
  C243 西南戦争
C3 近代日本と鹿児島 
    C31 日本の鹿児島人
  C311 政治・経済
  C312 軍事・警察
  C313 教育・文化・スポーツ
 C32 近代鹿児島のうつりかわり
  C321 県政の整備
  C322 日清・日露戦争の時代
  C323 桜島大爆発と大正・昭和の時代
 C33 商業・経済の発達
  C331 交通の発達
  C332 産業・金融業の発達
  C333 鉱工業のあゆみ
  C334 農業のあゆみ
 C34 近代鹿児島の教育
  C341 初等・中等教育
  C342 専門教育

テーマ基調D

 県民のエネルギーはどのように活用されつつあるか。
D1 明日の鹿児島
D2 鹿児島の自然と人

 以上のようなストーリーの展示を展示棟の1〜2階を使い、約2,640m2の面積に展開した。しかし、このテーマ展示は、短絡動線がなかなか取りにくく、固定的な動線の展示となり、ざっと見ても約2時間もかかってしまう。内容が豊富なので、解説パネルや写真も大型のものを使い、見やすいことを考慮した。これらの解説パネルのタイトル文字は、書家に依頼した毛筆体で、重厚な感じのするデザインで、グラフィックデザイン賞を受賞した。照明はタングステンのランプを多用し、天井のグリッドは黒、ケースの色は茶色、床も茶色系統の長尺シートと重厚な感じを出していたが、見方によっては薄暗い感じで、暗いという批判もあった。一番の問題は、建物の構造上から展示場へのアプローチが限られ、固定動線とならざるを得なかったことであろう。また、エレベーターの位置が、建物自体が和風建築であることからエレベーター機械室をとる場所が限定され、展示ホールではなく展示室の中にしか設置できないことになり、多目的に使用しにくかったことも動線を考えるうえから問題があった。
 展示資料は,約1,670点で実物資料を中心に、大型ジオラマ、模型、映像等と多様で、実物資料も考古・民俗・歴史資料と多彩であった。ただ、前述のテーマ基調については、実際に展示場に示してあるものではなく、展示の理念としてのみあったもので、観覧者にどれくらい理解されていたか疑問が残るし、このことによって展示を見ている段階で時代の流れが逆流する場面があり、また、途中では民俗資料が多く展示され、観覧者自身が今どこを見学しているか分かりにくい面もあったように思う。

(2)部門別展示

 部門別展示は、テーマ展示を主として実物資料で補い、その内容の深化と拡大を図ることによって、歴史、民俗、美術・工芸部門における特色を紹介するもので、この一部には「特別コーナー」を設け黎明館敷地の歴史や玉里島津家の資料を展示していた。 次に開館当時における展示の構成を紹介するが、この展示は毎年一部を入れ替えする方針であったため、数年経過すると当初の展示は消えてしまった。

A 歴  史
 A1 島津氏の活動  A4 明治期の人びと
 A2 修験道     A5 近代教育のあゆみ
 A3 外城制・門割制

B 民  俗
 B1 二つ家     B4 舟と漁具
 B2 衣       B5 小正月と十五夜
 B3 農具と運搬具

C 美術・工芸
 C1 薩摩刀     C4 書
 C2 薩摩焼     C5 洋画・彫刻
 C3 日本画・版画

D 特別コーナー
 D1 玉里島津家資料
 D2 黎明館敷地の歴史

 部門別展示は、展示棟3階の約1,070m2に展開されており、実物資料約1,000点を中心に模型、写真等を加え約1,340点を展示していた。前述のように、収蔵資料の活用を図るうえからも毎年展示替えを行っていた。このことは、観覧者にとっては新しい展示を見ることができ、望ましいことであったと思う。しかし、図録作成上からは問題があった。開館当初に部門別展示全体の図録を作成し、その後展示替えを行う度にその部門ごとの図録を作っていたが、数年経過するとこちらの方が全体の図録より厚くなり、販売上からも問題が出るようになった。当初から展示替えのことを考え、図録を差し込み式にする等の工夫を考えるべきであった。また、部門別展示は、テーマ展示とは離れて3階にあったため、1〜2階を見学した人々のおよそ7割位しか見学者はなかったのではないかと考えている。また、博物館の職員としては、展示物は豊富にあるので何度も来館して欲しいという思いがあるが、一度足を運ぶとなかなかリピーターとして来館してもらえなかったのではないかと思われる。

(3)屋外展示

 屋外展示は館の裏手城山側にあり、屋内展示が不可能なものや日常生活の用具に使われた植物を植栽している。具体的には、天保年間(1830〜44年)の建築と伝えられる南九州の代表的な民家である「樋の間二つ家」を移築しており、ここでは週一回囲炉裏で火をおこし煙を出して、建物の保存に役立てている。このほか、旧薩摩藩領だけに見られる田の神石像やT字路の突き当たりや辻の一角に立てられた魔除けの小石柱である石敢当も展示している。民俗植物としては、シャリンバイ、アオギリ、タブ、竹類などを植えており、この場所は、散策、憩いの場として利用されている。  また、この一角には、鶴丸城にあった池の石材を利用した「御池」と呼ばれる池や茶室もあり、日本庭園としてのたたずまいを見せている。
 


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