植田正治は写真館を営む一方、戦前からアマチュアカメラマンとして身近な人々や子どもたちを生涯にわたり撮影し続けています。特に1950年代後半から1980年にかけて撮影された三つのシリーズ〈童暦〉、〈小さい伝記〉、〈白い風〉は全て、人々との触れあいの記述であり、「一期一会」の記録です。それぞれのシリーズは、時代も、使用したカメラも、手法も異なりますが、植田らしい実験精神にあふれた作品群です。
〈童暦〉(1959-70年)のシリーズは、1971年に写真集『童暦』にまとめられ、山陰の四季を通して人々や子どもたちの姿を、時には抒情的に、あるいはドラマティックに描き出しています。6×6判のカメラ、ハッセルブラッドで撮影された〈小さい伝記〉(1974-85年)のシリーズには、山陰以外で撮影されたものもありますが、山陰の素朴な人々の姿を正方形の画面にトリミングすることなく生き生きとストレートに描き出した作品が多く見られます。そして、シリーズ〈白い風〉(1980-81年)では、ソフト・フォーカスのような効果が得られるベス単レンズを装着したカメラを使用しカラーで撮影され、淡い光の中に佇む子どもたちの姿を印象的に表現しています。つまり、これら三つのシリーズは、同じような被写体、テーマ設定でありながら、全く異なる手法で「一期一会」を多彩に描きとめているのです。植田が生涯山陰に住み続け、「自分の写真」を純粋に模索することができたのは、日常の中の何気ない「一期一会」を大切にし、ひとつのスタイル、ひとつの手法にとどまることなく、試行錯誤を続けたからなのでしょう。
今回の展覧会では、植田の山陰三部作ともいえる〈童暦〉、〈小さい伝記〉、〈白い風〉のシリーズを中心に、戦前戦後の人物写真、演出写真もあわせて紹介します。