「アラビアン・ナイト」という不思議な物語があります(英語では「アラビアン・ナイト」ですが、フランス語では「千夜一夜物語」と言います)。9世紀頃から原型が出来上がったイスラム世界を舞台とした説話集です。妻に浮気をされたシャフリアール王は女性不信になり、若い女性と一夜を過しては彼女たちを翌日殺すという残虐な行為を続けていました。あるときシェヘラザードという女性が王の妃となります。シェヘラザードは王に殺されないようにするため、毎夜面白い物語をきかせます。これが「アラビアン・ナイト」の始まりです。
「アラビアン・ナイト」は18世紀になって仏語訳、英訳が出版されたことによって、一気にヨーロッパに広がります。日本には1875年(明治8年)に「暴夜物語」という題名で初めて翻訳紹介されました。以後、子ども向けも含めて、色々な翻訳が出版されています。私たちになじみのある「アリババと40人の盗賊」「シンドバッドの冒険」「アラジンと魔法のランプ」なども「アラビアン・ナイト」の一部です。
19世紀末から20世紀にかけて、ヨーロッパでは中近東文化への関心が高まり、絵画や映画、バレエ、ファッションなどにイスラム文化の影響が見られます。こうしたオリエンタリズムが混じったヨーロッパ文化が近代日本にももたらされました。高畠華宵をはじめ同時代の大正ロマンの画家たちは、しばしばオリエンタル趣味を作品に描き込みました。ヨーロッパ経由の中近東は、大正の人々にとって、未だ見ぬ異国への憧れと幻想のシンボルとなったのです。
本展覧会では、海野弘監修の『オリエンタル・ファンタジー アラビアン・ナイトのおとぎ話ときらめく装飾の世界』(2016年、ピエブックス)で紹介された「アラビアン・ナイト」のヨーロピアンイメージと、高畠華宵らの大正ロマン的オリエンタルイメージを比較紹介します。エキゾチックで美しく儚い幻想世界をお楽しみ頂ければ幸いです。