田淵行男(1905-1989年)は、壮大な北アルプスと緑豊かな信州安曇野をメインフィールドとして、昆虫の生態研究や、山岳などの自然写真の撮影に生涯を捧げたナチュラリストであり、日本を代表する山岳写真家の一人です。
戦前に博物学の教師であった田淵は、高山蝶の研究をライフワークとしていました。「最後の大仕事」として1971年から77年にかけて北海道・大雪山に生息する高山蝶の生態解明に取り組み、7年間で20回にも及んだ踏査で、それまで未解明だった蝶の生態を明らかにし、大著『大雪の蝶』(朝日新聞社、1978年)にまとめました。本展では、この北海道行きで撮影し、未発表のまま眠っていた山岳写真、約50点(すべてモノクロ)を展示いたします。
昆虫や動植物が多数存在し、手つかずの自然が残された北海道の山々は、田淵にとって戦前の北アルプスの原風景を思い起こさせるものでした。「私の心の中に根付いた自然への帰依は、遠い少年の日にその源を見付けることが出来る。その頃の無傷で、健やかな自然の原形に触れえた思い出だけでも私にはかけがえなく尊いものであったし、幸運であった。」と語っています。
残雪とのコントラストが美しい岩肌や、足元にひろがる高山植物の群生、刻々と変化する雲の表情など、壮大なスケールで広がる北の大地を細部まで観照し、細やかに写しとめています。山を愛し、小さな命を慈しみ、生涯をかけてひたむきに自然と向き合ってきた田淵行男の多彩な世界を感じられる写真展です。 本展は、安曇野市教育委員会、(公財)安曇野文化財団、田淵行男記念館と、田淵行男に師事し大雪山にも同行した写真家・水越武氏のご協力により開催致します。