プーシキン美術館が所有するフランス絵画は、700点余。ヨーロッパの先進国であるフランスへの憧れ、そして自国の文化水準を引き上げようという情熱は、幾度かの政治的変革を乗り越えて現在まで引き継がれてきました。会場では17世紀から20世紀まで、フランス絵画300年の歴史を一望できます。
最初にご紹介する1点は《スザンナと長老たち》。好色な二人の老人が、美しいスザンナが水浴する時間に言い寄る場面です。この旧約聖書の物語は、裸婦を描く口実として繰り返し使われてきました。
会場の冒頭から、ジャン=フランソワ・ド・トロワ《スザンナと長老たち》続いてご紹介するブーシェは、盛期ロココを代表する画家のひとり。当時の権力者だったポンパドゥール夫人に重用されて活躍しました。
《ユピテルとカリスト》は二人の女性のように見えますが、右上は女神ディアナの姿に扮したユピテル。ブーシェが得意とする官能的な表現は匂い立つようです。
フランソワ・ブーシェ《ユピテルとカリスト》バロックやロココに反発し、様式とデッサンが重視された新古典主義。アングルはその旗手として活躍しました。
《聖杯の前の聖母》は、後にロシア皇帝となるアレクサンドルの依頼で描かれた作品。聖杯の上の聖餅に視線を落とす、聖母マリア。筆跡の残らない滑らかな描写はアングルの真骨頂です。強い正面性、計算された左右の対称性で、厳格さが際立っています。
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《聖杯の前の聖母》オリエントへの関心が高まっていた19世紀。ジェロームは、オリエンタリスムあふれる優品を数多く描きました。
《カンダウレス王》は、サロンで好評だった作品を再制作したもの。王妃である自分の妻の美しさを自慢するために、臣下ギュゲスに王妃の裸を盗み見させます。
ベッドに横たわる王、衝立からこっそり覗くギュゲス、そして王妃の完璧な裸体。この後ギュゲスは王を殺し、王国と王妃を手に入れます。
ジャン=レオン・ジェローム《カンダウレス王》印象派とポスト印象派の作品も、名品がずらり。中でも最大の注目は、ルノワールによる《ジャンヌ・サマリーの肖像》です。
ジャンヌ・サマリーは、フランスの人気女優。人物を際立たせるために肖像画の背景は暗い色にするのが常識だった時代に、ピンク色の背景は画期的です。当時は酷評されましたが、今ではルノワールが描いた印象主義的肖像画の中では最高傑作と評価されています。
ピエール=オーギュスト・ルノワール《ジャンヌ・サマリーの肖像》最終章では20世紀美術としてフォーヴィスム、キュビスム、エコール・ド・パリの作品が。マティス、ピカソ、ルソー、シャガールなど、最後まで豪華なラインナップは続きます。
美術館の名を冠したこの手の展覧会は、著名画家の作品を一度に見られるのが最大の魅力。‘総花的’と評する方もいますが、右を見ても左を見ても満足できる‘総花’なら大歓迎です。アートファンはもちろん、美術展ビギナーでもきっと楽しめる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2013年7月8日 ]©The State Pushkin Museum of Fine Arts, Moscow