「ぬけられます」の看板に誘われて路地に入ると、女性が立っていてなかなか抜けられない…。東京下町・向島区の寺島町にあった私娼窟「玉の井」を舞台にした「寺島町奇譚」シリーズは、滝田ゆうの代表作です。ちょうど50年前の1968年から『月刊漫画ガロ』に連載されました。
玉の井は、滝田ゆうの出身地。スタンドバーを営む義母の元で育った滝田は、空襲で失われたこの街を愛し、「寺島町奇譚」では繊細なタッチで庶民の生活を描きました。
滝田作品の特徴のひとつが、擬音。「ケーン ケーン(踏切の音)」「シコシコシコシコ(鰹節を削る音)」など、既成概念にとらわれない絶妙な表現が光ります。
展覧会では「寺島町奇譚」の原画をはじめ、多くの作品を展示。会場全体が「滝田ゆう」ワールドに溢れています。
会場1階この世代の多くの漫画家と同様に、滝田ゆうもデビューは貸本漫画でした。「のらくろ」の作者・田河水泡に師事し、1956年の「なみだの花言葉」で本格的に漫画家として出発。「カックン親父」がヒットしてシリーズ化されるなど、ユーモア漫画で一定の評価を得ますが、貸本漫画は衰退していきます。
滝田の運命を変えたのが、1964年創刊の『月刊漫画ガロ』。「カムイ伝」(白土三平)、「ねじ式」(つげ義春)など、個性的な作品が揃ったガロで、滝田は1967年から読み切り漫画を発表。何本かの短編漫画で試行錯誤を経た後に、「寺島町奇譚」が生まれました。
会場には滝田の人柄がしのばれる資料も展示されています。日記で禁酒・禁煙を誓っては挫折、の繰り返し。画材へのこだわりも少なかったようで、子どもたちが使い残した一般的な水彩絵の具を、作品の彩色に使っていました。
会場2階戦後になると玉の井は「赤線」として復活。1958年の売春防止法で消滅するまで繁栄しましたが、滝田が愛した玉の井は、あくまで戦前の姿です。呑み屋を装った売春店「酩酒屋」(‘めいしゅや’ではなく‘めいしや’)のおねえさんは滝田少年に優しく、その原風景が滝田の作品をつくりました。
滝田ならではの、ほっこりした世界。展覧会は2月14日(水)から後期展が開催中です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫・静居絵里菜 / 2018年2月16日 ]■滝田ゆう に関するツイート