「見る」ボタン 「知る」ボタン 「学ぶ」ボタン





ICOM(国際博物館会議)日本委員会 ICOM(国際博物館会議)日本委員会
日本語 / English
ぐるっとパス ガイドページ 東京・ミュージアム ぐるっとパス2010 ガイドページ
ミュージアム・キャラクター人気投票 ミュージアム・キャラクター人気投票
(2010/6/17〜7/31実施)
表彰ページ

「見る」・・・名古屋城の見どころを写真で紹介します。

名古屋城案内図
名古屋城案内図:地図

1.正門
正門写真 明治43年に旧江戸城内の蓮池御門が移築されましたが、第二次世界大戦により焼失したため、昭和34年、天守閣と共に再建されました。

2.表二之門(重要文化財)
表二之門(重要文化財)写真 古くは南二之門といわれ、門柱・冠木とも鉄板張りとして用材は木割りが太く堅固に造られています。袖塀は土塀で鉄砲狭間を開いて要害としての堅固さを示しています。

3.二之丸東庭園
二之丸東庭園写真 明治の初めに兵営建築のため、二之丸庭園の多くが壊されました。名古屋市蓮左文庫所蔵の「御城御庭絵図」に基づいた発掘調査であらわれた北池・南池・茶席「霜傑」建物跡・暗渠の四遺構を中心に整備し、昭和53年4月に二之丸東庭園として開園されました。東庭園の面積は約14,000uで、付近には、ぼたん・しゃくやくなどの花園があります。

4.二の丸茶亭
二の丸茶亭写真 二の丸茶亭は、由緒ある二之丸庭園にふさわしい風格をもち、現代様式のなかに古典美を生かした建物で素材も木曽の桧が用いられ、点茶のための座敷および水屋などが造られています。

5.名勝二之丸庭園
名勝二之丸庭園写真 元和年間(1615〜23)二之丸御殿の造営に伴って同御殿の北側に聖堂(金声玉振閣)を中心として設けられましたが、享保(1716〜36)以後たびたび改修せられて枯山水回遊式庭園に改められました。

6.清正石
清正石写真 天守閣の石塁の構築を命じられた加藤清正は、巨石の運搬に際し、自ら音頭をとって、木遣(きやり)を歌わせ民衆の老若を問わず引綱をとって運んだと伝えられていますが、この石塁の施工大名は黒田長政なので単なる説話と思われます。

7.石垣の刻紋
石垣の刻紋写真 城内の石垣のここかしこに多種多様の記号を刻んだ石があります。築城に当たって、石垣の築造を命じられた諸大名が、自分の運んだ石を他大名の石と区別するために刻んだ「目じるし」です。

8.東南隅櫓(重要文化財)
東南隅櫓(重要文化財)写真 辰巳櫓ともいわれ、その規模、構造は西南隅櫓と同じですが「落狭間」の破風の形を異にしています。この櫓は創建当時の姿を伝えるもので、鬼瓦などに葵の紋が見られます。

9.本丸御殿(焼失)
本丸御殿(焼失)写真 天守閣の南、本丸のほぼ中央に建てられた大建築で、当初は、初代尾張藩主徳川義直の住居と藩の政庁として使用されましたが、その後は将軍が上洛する際の宿館となりました。二条城の二之丸御殿と並んで書院造の双璧でしたが、惜しくも第二次世界大戦で焼失しました。

10.西南隅櫓(重要文化財)
西南隅櫓(重要文化財)写真 未申櫓ともいわれ、屋根二層・内部三階の櫓。西、南両面には、軍事用の「石落とし」を張り出して屋根を付けています。濃尾大地震で石垣と共に崩壊しましたが、宮内省によって修理復旧され、鬼瓦などに菊花紋が見られます。

11.剣塀
剣塀写真 軒桁に30cm余りの槍の穂先を並べ、忍返しとして使われたもので、名古屋城では、天守閣と小天守閣とを連結する橋台の西面や、不明門北面に見られます。

12.天守閣
天守閣写真 金色さん然たる金の鯱を城頭に頂き、名古屋のシンボルとして親しまれてきた名古屋城が灰じんに帰してから10有余年、昭和34年10月、天守閣が再建されました。

13.名古屋城本丸御殿障壁画(重要文化財)
名古屋城本丸御殿障壁画(重要文化財)写真 本丸御殿の各部屋の床の間の壁や襖等には狩野派の筆により、豪華な装飾を施しています。昭和17年、国宝に指定されましたが壁貼付絵は戦火により焼失しました。焼失はまぬがれた襖絵等は重要文化財に指定されています。

14.西北隅櫓(重要文化財)
西北隅櫓(重要文化財)写真 戌亥櫓とも清須櫓ともいわれ、他の建物の古材を転用して建築されています。外部北面、西面に千鳥破風が作られ、「落狭間」を備えています。

15.榧の木
榧の木写真 樹齢600年以上を経たと伝えられる天然記念物「榧(かや)の木」。藩祖義直が大坂の陣に出るに当たって、その実を食膳に供したと伝えられています。