「大安寺」という名を聞いたことのない人は少なくないかもしれません。
大安寺は今でこそ小ぢんまりとしたお寺ですが、かつては興福寺、東大寺などともに「南都七大寺」のひとつとされる壮大なお寺でした。
隆盛をきわめた大安寺の全貌を近年の発掘調査や歴史的資料によって解き明かす展覧会が、奈良国立博物館で開催されています。
会場看板
御本尊、十一面観音御前での法要がはじまりました。
朝の館内に、大安寺の僧侶7人の読経が響き渡ります。
十一面観音像の寺外へのお出ましは、なんと100年ぶりだそう。
大安寺僧侶による法要
大安寺収蔵の仏物だけでなく、全国各地からゆかりの品々が一堂に会します。
「大安寺とはどんな寺だったのか」が様々な角度から紹介され、見ごたえある展示となっています。
展示室全景
大安寺の前身は、聖徳太子が創建した仏教の学舎「熊凝精舎」であるといわれています。
その後太子の意向を受け、639年、舒明天皇が日本最初の官寺「百済大寺」を創建。
移転のたびに名前は変わりましたが、平城京に移って「大安寺」となりました。
『大安寺伽藍縁起幷流記資財帳』は、寺の縁起と仏像や経典などの資財を書き記し、朝廷に報告した奈良時代の文書。大安寺の由来や、当時の収蔵物などが細かく正確に記録された貴重な資料です。
大安寺伽藍縁起幷流記資財帳 千葉・国立歴史民俗博物館蔵 奈良時代(8世紀)
大安寺には、奈良時代に制作された仏像が9体、安置されています。
そのうちの一体が、大安寺本堂秘仏本尊の十一面観音像。
本体から蓮華座までカヤの一材で彫り出された、波状の衣文がとても美しい観音様です。
十一面観音は会期中前期のみの展示。後期にはもうひとつの秘仏、馬頭観音立像が展示されます。
十一面観音立像 奈良・大安寺蔵 奈良時代(8世紀)
こちらの四天王立像も、一木造りの天平木彫。
展示会場では十一面観音の後ろで睨みをきかせています。
火災や地震など数々の天災で、大きな打撃を受けた大安寺。そんな中、十一面観音、四天王像をはじめとする9体は難を逃れ、今日に残りました。
四天王立像 奈良・大安寺蔵 奈良時代(8世紀)
発掘調査で見つかった当時の瓦も展示されていました。
大安寺は何度か場所を移していますが、その際には使用できる資材を運んで再利用したようです。旧境内からは、飛鳥時代の瓦も出土しています。
積極的にリサイクルしている大安寺は、サスティナブル志向の建築だったんですね。
大安寺旧境内から出土した瓦の展示風景
大安寺は朝廷や貴族だけでなく、市井の人々からも信仰を集め、親しまれた寺でした。
平安時代の仏教説話集『日本霊異記』にも、聖武天皇の狩猟の際、逃げだした鹿を誤って殺して食べてしまい捕らえられた村人が、大安寺本尊(当時は釈迦如来像)に祈願して罪を免れた話が記されています。
日本霊異記 上巻 奈良・興福寺蔵 平安時代(10世紀)
大安寺には、かつて七重の塔が二基もありました。その西塔跡から出土した、塔の頂部を飾る相輪の一部が展示されています。
露盤の断片だけでも重さが24キロもあるそう。いかに大きな塔だったかをうかがい知ることができますね。
大安寺旧境内で出土した水煙片(右)と露盤片(左) 平安時代(9世紀)
往年の大安寺大伽藍復元図。奈良時代の大安寺は、約24万平方メートルの広大な敷地に90余の塔堂が立ち並ぶ壮大な寺院でした。東西には2基の七重の塔がそびえます。
当時は、中国の僧やインド僧、ベトナム僧など国際色豊かな800人を超える僧侶がここで学んでいたそう。空海や最澄も大安寺にゆかりがあるといいます。
会場で放映中の「よみがえる大安寺天平の伽藍~日本の仏教文化の源流~」の中で、大安寺復元CGの一部が公開されています。
大安寺大伽藍のCGによる復元
「目がおかしくなったのでは?」と目を疑いたくなる仏像。現代のSF映画に出てきそうです。中国・南北朝時代の僧・宝誌の顔から十一面観音が現れたという伝説を表わしているんです。
こちらは京都・西往寺所蔵の像ですが、平安時代の記録には、大安寺金堂に同じ姿の像があったことが記されています。 それにしてもこの造形を考えた人はすごい!
宝誌和尚立像 京都・西往寺蔵 平安時代(11世紀)
この繊細な透彫をご覧ください。舎利容器の最高峰といわれる高度な金工技術を誇る逸品です。
修理時の銘により、かつて大安寺に安置されていたことがわかっています。
金銅透彫舎利容器 奈良・西大寺蔵 鎌倉~南北朝時代(13~14世紀)
四天王像といえば、興福寺北円堂の四天王像を思い浮かべる人も多いでしょう。
しかし、興福寺四天王像はもともと大安寺伝来だったことをご存じでしょうか。
仏像台座の底の部分には、墨書で大安寺伝来の旨が記されているそうです。
この四天王像は各地で模刻されました。
このエリアには中央に北円堂像の写真、左右には大分と香川の寺に残る四天王像が展示されています。見比べてみると、なかなか興味深いです。
四天王立像 (右4軀)香川・鷲峰寺蔵 (左4軀)大分・永興寺蔵 ともに鎌倉時代
東大寺に並ぶ歴史ある大寺でありながら、度重なる天災の損傷で縮小を重ね、今では「知る人ぞ知る寺」となってしまった大安寺。
この展覧会は、発掘調査や周辺資料から、かつて国家寺院の筆頭だった大安寺の姿をみごとに浮かびあがらせました。
「多くの人に大安寺を知ってもらい、いにしえに大安寺が果たしていた文化・信仰を現代に伝えたい。」大安寺河野良文貫主の願いが展示空間にひろがっているようです。
エントランス風景
初夏の風を受けて、時のかなたに薄らいだ巨大寺の姿に触れられる企画展に、足を運んでみてはいかがでしょうか。
[ 取材・撮影・文:ぴよまるこ / 2022年4月22日 ]
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