甘さと辛さの絶妙なバランス
コンセプチュアル・アートの旗手と言われるライアン・ガンダーの個展が国立国際美術館で開催中です。
日本でも何度か展覧会が開催されましたが、まだまだ知名度が高い芸術家とは言えません。
しかし、実際に作品を見てみると、ユーモラスな作品ばかりで、思わず笑みがこぼれます。
この展覧会の構成は以下の通り。
地下二階:「ライアン・ガンダーによる所蔵作品展 ―かつてない素晴らしい物語」
地下三階:「ライアン・ガンダー ―この翼は飛ぶためのものではない」
では、地下三階のガンダーの個展からご紹介していきます。
展覧会会場はこんな感じです。
まず入ってすぐに目を引くのがこの大きな穴です。
穴の中を覗いてみると・・・
無数の矢が本当に、床や壁に刺さっています。
こちらは、《ひゅん、ひゅん、ひゅうん、ひゅっ、ひゅうううん あるいは同時代的行為の発生の現代的表象と、斜線の動的様相についてのテオとピエトによる論争の物質的図解と、映画の100シーンのためのクロマキー合成の試作の3つの間に》(2010年)という作品です。
なぜこんなに大量に?どうやって刺したの?何を表しているの?
様々な想像力をかきたてられます。
よく見てみると、矢が刺さる向きはバラバラなのに、どことなくリズム感があります。
少し先に足を運ぶと、何やら実験室のような空間が広がっています。
右の壁に描かれた作品は、《もはや世界はあなた中心ではない》(2008年)で、床に置かれたクリスタルは、《何かを描こうとしていたまさにその時に僕のテーブルから床に滑り落ちた一枚の紙》(2008年)です。
壁に描かれた設計図のようなものは、まさに今ちょうど書き終えたばかり、といった具合に床にチョークの粉が落ちています。
右側の作品は《何でも最後のつもりでやりなさい−シャーロット》(2014年)、《何でも最後のつもりでやりなさい−マヤ》(2014年)、《イマジニアリング》(2013年)。
左にうずくまっているのは、《リアリティ・プロデューサー(構造と安定のための演劇的枠組み)》(2017年)という作品です。
展覧会会場に入ったときから気になっていた何かの匂い。地下二階から地下三階へ向かうにつれてだんだんと、独特な匂いが濃くなっていく気がする・・・発生源はどこだ?と探していたら、ここにたどり着きました。
今死角になっている壁の後ろにお香が炊いてあります。
これはガンダーがイギリスの海沿いのある、自分の家の暖炉を燃やした匂いを再現し、お香を炊いているそうです。
日本人にはなかなか嗅ぎ慣れない匂いで、少し独特です。
今の鑑賞者の気持ちをなかなかよく表現しているのではないかと思うのが、左の作品です。
頭を抱えたロボットが座っています。
ちなみにこのロボットは、子供が丸と線で描くような棒人形をイメージして作っているそうです。
この展覧会では、普通に展示を見て回るだけでは気づかないような小さな作品も展示されています。
右にあるアイスのようなものは、《動いていく物、または滑り落ちる瞬間》(2017年)という作品です。
作家の「神格化」に興味があるというガンダーらしい作品です。
台に置かれていない、こんなものも作品として認識され、崇められるということへの皮肉とも読めます。
では次に地下二階の展示をご紹介します。
地下二階は、国立国際美術館が所蔵する作品をガンダーが選定し、並べるコレクション展です。
隣り合うように、すべての作品がセットで展示されています。
右にある彫刻作品が、ジャン=ピエール・レイノー《自刻像》(1980年)、左にあるのが、エルヴィン・ヴルム《無題》(2008年)です。
ヴルムの方はタイトル《無題》ですが、服を着ていることから、おそらく自分自身を表現しているのではないかと想像できます。
この二つはそれぞれが自分自身を表現した作品ですが、表現の仕方は大きく異なっています。
ガンダーはこの地下二階の展示スペースで、普段は絶対に隣り合うことのない作品同士を横に並べて、それらが持つ共通点は何なのかというお題を、見る者に投げかけます。
ちょっとお茶目でちょっと皮肉っぽいガンダーの作品を、是非会場でご体感ください。
エリアレポーターのご紹介
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胤森由梨
美術が大好きなアートライターです。美術鑑賞に関わる仕事を広げていきたいと思っています。現在、instagram「tanemo0417」「artgram1001」でもアート情報を発信中です!
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