東京藝術大学大学美術館「素心伝心 ─ クローン文化財 失われた刻の再生」
撮影・文 [エリアレポーター]
松田佳子 / 2017年9月22日
文化財は人類の宝ですが、「保存と公開」という2つの矛盾した目的のせめぎあいがあります。貴重なものを「知りたい、観たい」という欲望は誰もが持っているものですが、それは「劣化と損傷」という大きなリスクを背負わされているとも言えます。
本展「シルクロード特別企画展『素心伝心』クローン文化財 失われた刻の再生」は、東京藝術大学が中心となり、失われゆくシルクロードの6か所の遺跡を最先端技術と熟練の手作業でクローンとして蘇らせたプロジェクトの展示となっています。
「日本・法隆寺金堂」では、昭和24年の火災に遭った堂内の壁画を焼失前の状態に復元し、さらに通常間近で見ることができない釈迦三尊像も再現しています。釈迦三尊像は現在法隆寺にあるままを3Dプリンタで制作しただけではなく、歴史資料や文化財の形状から、本来あるべき姿と考えられる状態を再現しています。
例えば、左右の脇侍は現存しているものと左右を入れ替えて再現しています。それは衣の左右の長さから考えると、本来は左右入れ替えた状態であったのだろうと推察されるからだそうです。このようにクローン文化財は現存しているものをもう一つ作るのではなく、本来そうであっただろうということを科学や歴史的な観点から見直し、再現してみるという意義もあります。
「北朝鮮・高句麗江西大墓」は、現地の環境では大変湿度が高く、将来に壁画を遺すことが難しい文化財です。それを、完全に損失してしまう前にクローンとして遺していく試みがなされました。複製品というとちゃちで粗悪なイメージがありますが、実際の古墳と同じ花崗岩を使い、質感もリアルに表現されています。インクジェットプリンタを使用することにより画像を正確に印刷し、それを日本画家が手作業で彩色をしているとのことでした。
「中国・敦煌莫高窟第57窟」は、観光地化により劣化してしまった現在では、拝観が制限されています。なかなか観ることが出来なくなってしまった窟内を制作当初の状態に再現することで、観光に役立てることも可能になります。
「中国・キジル石窟航海者窟」は、20世紀のはじめドイツ探検隊により壁画が切り取られ、持ち去られてしまったそうです。その後一部は戦火により喪失してしまいました。それを『アルト・クチャ』という古書資料をもとに壁画として再現したものです。
「アフガニスタン・バーミヤン東大仏仏龕天井壁画」は、2001年にタリバン・イスラーム原理主義勢力により破壊されました。1970年代のポジフィルムや計測された仏龕の3Dデータを元にして再現された展示室は、まるで現地にいるような神秘的な気分になります。美しい青はラピスラズリが使われています。
このようにクローン文化財は、失われていく貴重なものを後世に遺していくという使命を担っていますが、それだけでなく、現地に行かずしてその素晴らしさを体感できるものです。また「観る」だけでなく、触れることもできるという利点もあります。
例えば視覚に障がいのある方や幼い子供たちも、触れることで文化財をリアルに体験することができます。これは文化財の新しい鑑賞の仕方を示唆しているのかもしれません。
また、今回の展覧会では、臭覚についても工夫がなされています。ある2つの展示室の中で、その場に合わせた香りを感じることができますので、ぜひその点にも注目されて観覧されてはいかがでしょうか。
エリアレポーターのご紹介
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松田佳子
湘南在住の社会人です。子供の頃から亡き父のお供をして出かけた美術館は、私にとって日常のストレスをリセットしてくれる大切な場所です。展覧会を楽しくお伝えできたらと思います。
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