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宮城県慶長使節船ミュージアム サン・ファン館

400年前に太平洋を往復したサン・ファン・バウティスタ号の復元船を襲った大津波。津波が直撃した時にはマストがドック棟に倒れこむほどの衝撃を受けたが…(取材:2012年2月3日)

地図
宮城県慶長使節船ミュージアム
宮城県慶長使節船ミュージアム サン・ファン館
http://www.santjuan.or.jp/
所在:宮城県石巻市
開館:1996年8月
フロア:展望棟・ドック棟の2施設
震源からの距離:135Km
所在地の震度:6強
震災時の状況:開館中
おもな被害:ドック棟はほぼ壊滅。復元船は震災直時は外側の板が破損。4月27日の暴風雨でメインマスト上部のトップマストと、前方のフォアマストが折れる。展望棟は大きな被害はなし。
再開:2012年2月現在、休館中。
海の底が見えた
左下の震災前の写真と、扉の写真を比べていただきたい。船のまわりをU字型に囲むようにしてあるドック棟は、津波で屋根の部分まで水没。ここまでの高さは6~7メートルはあるという。奥の漁港は水没し、突堤も見当たらない。

津波は何波にもわたって押し寄せてくるため、その間の引き波の勢いも強い。海面は信じられないほど急激に下がり、復元船をドックに入れるために掘削した海底の溝が見えたほどだ。

ドック棟の避難確認を終え、なんとか全員が展望棟に避難した。その後、スタッフは復元船を見下ろせる高台から、呆然と見つめるばかりであったという。

400年前の太平洋横断
はじめて太平洋を往復したわが国の船が、仙台藩で造られたのはあまり知られていないかもしれない。

今から約400年前、仙台藩主の伊達政宗はノビスパニア(メキシコ)との直接貿易を求め、家臣の支倉常長(はせくらつねなが)らを欧州に派遣することを決定。一行を乗せて太平洋を往復したのが、仙台藩で造った洋式帆船サン・ファン・バウティスタ号である。

常長はイスパニア国王やローマ教皇に謁見して仙台に戻ったが、幕府は方針を転換してキリスト教を弾圧。そのため、咸臨丸より250年も前に太平洋を往復しているにも関わらず、その栄誉は正統な評価を得ていなかった。

時代は下って1990年。先人の偉業を後世に伝えるための県民運動が高まり、宮城県内の船大工が中心となって、当時と同じ木造で建造されたのが現在の復元船である。

船を展示している宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)は、1996年に開館。ドック棟では大航海時代の航海用具などを展示、上階にはシミュレーションシアターなどを設けた展望棟があり、南三陸の観光スポットとしても親しまれていた。





             

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