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釜石市戦災資料館

扉の写真は、震災から10日後の3月21日に撮影されたもの。左下にあるつぶれた車のあたりが、資料館への出入り口だった。郷土資料館から分かれるかたちで7カ月前にオープンしたばかりの戦災資料館だったが、最悪の結末を迎えてしまった。(取材:2012年2月15日)

地図
釜石市戦災資料館
釜石市戦災資料館
http://www.city.kamaishi.iwate.jp
/index.cfm/8,0,112,html

所在:岩手県釜石市
開館:2010年8月
フロア:8階建てビルの1階
震源からの距離:155Km
所在地の震度:6弱
震災時の状況:開館中
おもな被害:津波で全壊。展示物も多数流出、一部は回収。
再開:2011年10月に閉館決定
開館から1年半
第二次世界大戦末期。制海権を失った日本に対し連合国艦隊は沿岸まで接近し、戦艦が直接大砲を撃つ「艦砲射撃」を行った。

1945年7月14日に本州で初めて艦砲射撃を受けたのが、製鉄所のある岩手県釜石市だ。終戦直前の8月9日にも再び攻撃を受け、2度にわたる艦砲射撃で市民や軍関係・捕虜あわせて756人が犠牲になった。

終戦から60数年たって戦災の記憶が風化するなか、その悲劇を語り継いでいこうと整備されたのが、釜石市戦災資料館だ。場所は市営釜石ビルの1階。JR釜石駅から車で5分程度の好立地ではあるが、海までわずか100メートル。開設は2010年8月と、まだ7カ月しか経っていなかった。

津波にのまれた後続車
震災当日の館には、職員は2名。館は海沿いのため、大きな地震の後はすぐに避難するように言われていたが、少し館を出るのが遅くなった。職員の一人は消防団員でもあり、周辺の避難誘導を優先していたのだ。

二人はそれぞれの車で郷土博物館の方に避難。津波は走っている車を追いかけるように迫り、とうとうすぐ後ろまで襲来。直後を走っていた車は津波にのまれていったという。「あと出発が10秒遅れていたら」という、まさに間一髪の状況だった。

取材に応じていただいた郷土資料館の佐々木館長は、当日は公休日。現場に行けたのは震災の4日後になったが、なにしろ資料館の場所は海のすぐそば。市内の状況を見ていただけに、資料館がどういう状態になっているか、覚悟はできていたという。





             

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