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釜石市戦災資料館
震災4日後の資料館周辺(撮影:2011年3月15日)
震災4日後の資料館周辺(撮影:2011年3月15日)

ガレキの中から木製プロペラを見つけることができた(撮影:2011年3月16日)
ガレキの中から木製プロペラを見つけることができた(撮影:2011年3月16日)

砲弾の回収には自衛隊に協力してもらった(撮影:2011年4月8日)
砲弾の回収には自衛隊に協力してもらった(撮影:2011年4月8日)

回収した木製プロペラは、取材時は郷土資料館に保存されていた(撮影:2012年2月15日)
回収した木製プロペラは、取材時は郷土資料館に保存されていた(撮影:2012年2月15日)


資料を救え
現場に入った3月15日、文字通り足の踏み場も無い状態だった。佐々木館長が考えていたことは、ただひとつ。少しでも資料を救おう。できる限り現地に通い、何か見つけられればと、必死の思いで捜索を続けた。

あまりにも津波の威力が強烈だったので、当初は何も残っていないことまで危惧していたが、幸いにも現場に入ってすぐに木製プロペラを発見、いち早く回収した。

メインの展示物のひとつでもある、艦砲射撃で撃ちこまれた砲弾も運よく見つけることができた。砲弾は重量があるため、回収と運搬には自衛隊にも協力してもらった。

日にちが経つにつれてガレキ全体が撤去される日も迫ってきたので、4月7日と8日で集中的に捜査。最終的に10数点の資料を回収することができした。

ただ、当然のことながら見つからなかったものも多い。資料館に残されていたものを調べてみると、かなり遠くから漂着したものもある。逆に、資料館にあったものも遠くに流されてしまった可能性があるということだ。

念のために捜索範囲を周辺まで広げてみたが、懐中時計、陸軍召集書類箱、罹災証明などは、結局出てこなかった。戦災のありのままのを見せるために本物を置いていたが、こんなことになるのならコピーを展示するべきだったのか…。苦い思いが残る。

2011年10月4日には、市の条例が改定されて正式に戦災資料館の廃館が決まった。救出された戦災資料は、今後は郷土資料館で展示される。
 
現地を案内していただいた佐々木館長。筆者が現場の撮影をしている間にも、何か展示物が残っていないか、周辺をまわって捜索している姿が印象的であった。残念ながら、新たに見つけられたものはなかったが…。(取材:2012年2月15日)





             

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