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新治汲古館

茨城県筑西市にあった私設博物館、新治汲古館(にいはりきゅうこかん)。震災によるダメージで館は運営できなくなってしまったが、茨城史料ネットの尽力で資料は救出。現在は隣接する桜川市に一括して保管されている。

地図
新治汲古館
新治汲古館
所在:茨城県筑西市
フロア:大谷石造・2階建
震源からの距離:326Km
所在地の震度:6強
おもな被害:建物の倒壊は免れたものの、棟(ぐし:瓦屋根の頂点の部分)などが被災。資料の展示・公開は困難に。
その後:館は閉館し、資料は隣接の桜川市に一括して移管。

在野の学者に支えられた、地域の宝
地域の歴史を次代に繋ぐために欠かせない文化的資料。県や市などによる公的なミュージアムが文化財を保存・活用するのは当然だが、実は民間の篤志家や在野の学者がその任にあたっている例は少なくない。今回ご紹介する新治汲古館もそのひとつである。

真壁郡協和町(現・筑西市)出身の故・藤田清氏(1892-1965)は、陸軍を除隊後、一転して地域で文化的な活動に従事。茨城内の遺跡を中心に歴史的な資料の調査・収集を進めた。その活動は注目すべき成果も多く、特に古代律令制下(奈良時代)の遺跡である、地元の新治郡衙(にいはりぐんが)・新治廃寺(にいはりはいじ)の発掘調査は、専門家からも高く評価されていた。

1万点を超す資料を整理・保存していたのが、藤田家の敷地内に建てられていた新治汲古館。ミュージアムの規模は決して大きいとはいえないが、研究者の間ではよく知られた存在であった。


「茨城史料ネット」の発足
東日本大震災の震源から遠く離れた筑西市ではあるが、当日の震度は6強。大谷石で建てられていた建物は倒壊こそ免れたものの、棟(ぐし:瓦屋根の頂点の部分)が大きく被災し、資料の展示・公開はもとより、管理にも支障をきたす状況となってしまった。

大きな災害の後に文化的な課題が先送りにされがちなのは、このコーナーでも再三ご紹介している通り。ましてや私設の博物館で、所蔵資料も貴重とはいえ未指定の文化財では、最悪の場合、混乱の中で散逸・廃棄される事すら考えられる。

茨城県において、この問題にいちはやく警鐘を鳴らしたのが、茨城大学人文学部の高橋修教授だった。震災翌月には県教育委員会に訴え、7月に茨城大学で緊急シンポジウムを開催。混乱が続く中でこの問題に思いが至ったのは、高橋教授以は以前関西にいた事があり、阪神・淡路大震災で同じような事態に直面した事があったからという。

シンポジウムで取り組みを検討する中で生まれたのが「茨城文化財・歴史資料救済・保全ネットワーク事務局」(茨城史料ネット)。早速、茨城史料ネットが中心となって、新治汲古館の資料レスキューにあたる事となった。




             

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