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双葉町歴史民俗資料館 福島県双葉町 取材:2016年5月24日
日本列島は有史以来多くの地震に見舞われているが、今までの地震と東日本大震災の決定的に違う点が原発事故である。目に見えない放射能の影響は、5年たっても暗い影を落とす。立入りが制限されている原発近くのミュージアムから、文化財を搬出する作業に同行した。

雑草が目立つ、双葉町歴史民俗資料館の入口(撮影:2016年5月24日)
「帰還困難区域」のミュージアム
原発の建物が吹き飛ぶという衝撃的な映像が流れてから5年。東京では事故の後、数週間にわたって駅からコンビニまで薄暗くなっていた事を覚えているだろうか。ほとんどの原発は動いていないが、東京の夜はすっかり以前の明るさを取り戻している。多くの人にとって、原発事故は重要な関心事では無くなっているだろう。

2016年6月現在、福島第一原発周辺は3つのエリアに分類されている。危険度の低い「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」では除染が進み、少なくとも制度上は住民が戻れるようになった場所も多い。

問題は、最も危険度が高い「帰還困難区域」だ。「事故後6年を経ても、放射線量が規定値を下回らないおそれがある」というこの場所は、今後も当面は人が住む事ができない。総面積は337㎡、ほぼ名古屋市に匹敵する。

ありふれた交差点だが、ゲートの向こう側は立入りが禁止されている(撮影:2016年5月24日)
今回訪れたのは、その帰還困難区域にある双葉町歴史民俗資料館。取材は「公益目的の一時立入り」で、区域に入るには町が発行する通行証が必要と、通常のミュージアム取材とは大きく異なる。


町が発行する車両通行証。これがないとゲート内に入れない。
当日は携帯が義務付けられている線量計を持参し、常磐自動車道の常磐富岡ICで待ち合わせ。会社周辺で計測すると毎時0.1マイクロシーベルト程度だが、ここで測ると1.22。東京では見た事が無い数値にやや驚くが、これでも基準値(後述)に比べると約3分の1である。

双葉町教育委員会の吉野高光さんと合流して、現場へ。車を走らせるとほどなく帰還困難区域に入るが、主要道路は通行証無しで通過できるため(ただし自動車のみ)、さほど印象は変わらない。建物に繋がる入口部のバリケードと、頻繁に通るパトカーで、日常との違いを認識する程度だ。

ただ、ゲート内に入ると違う風景が見えてくる。バラバラに散らばるブロック塀、大きく傾いたままの木造家屋。5年前の爪痕がそのまま残る町は、まるでタイムスリップしたようだ。建物の解体すら進まない場所。ここは「帰還」が「困難」なエリアである事を思い知らされる。

車内からの撮影。5年を経てなお、地震の跡が残る(撮影:2016年5月24日)

             

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