加納光於(1933–)は、1950年代に制作を開始してから現在まで、つねにイメージの探究者として独創的な作品の数々を作り出してきました。彼の創作の領域は版画、絵画、立体から装幀や舞台芸術にいたるまで多岐におよびますが、なかでも版画は、彼が美術家として最初に手がけた表現形式であることからもわかる通り、加納光於のイメージ探求における重要な手段の一つであり、彼の代表作とされる作品が版画によって数多く生み出されてきました。
加納光於の版画制作は、十代の終わりに版画の技法書を偶然手にし、独学で銅版画に取り組んだことに始まります。幻想的なイメージをモノクロで描いたエッチング作品は、詩人・美術評論家の瀧口修造(1903–1979)から称賛を受け、1956年には初の個展を開催しました。その後、彼の版画制作は従来のエッチングの枠を越え、腐蝕作用による版の変容そのものに注目したものとなり、防蝕膜にさまざまな操作を施して描画するインタリオ(凹版画)へと展開していきます。原生生物や鉱物のようなイメージが物質や生命の生成を想起させるこれらの作品は、リュブリアナ国際版画ビエンナーレや東京国際版画ビエンナーレでの受賞をはじめ高い評価を受け、加納光於の名を広く知らしめました。
版の変容に対する意識の高まりは1960年代になると、バーナーで溶解させた亜鉛合金を版としてその形を紙に写し取るメタルプリントの制作へと結実します。そして、このとき初めて有彩色を使用したことをきっかけに、作家の視点は色彩の発生や揺らぎといったものへと向かうようになりました。カラーリトグラフ〈稲妻捕り〉(1977)〈Illumination〉(1986)、カラーインタリオ〈波動説〉(1984–85)〈青ライオンあるいは《月・指》〉(1991–92)、モノタイプ〈平家物語〉(1996)などをはじめ、レリーフプリントやシルクスクリーンも加えたさまざまな技法を駆使して生み出された鮮烈な色彩の版画作品の数々はいずれも、無限の階調を持つ波長域の中からある色彩が私たちの眼前に立ち現れ、それがそのままイメージを形づくる瞬間を画面の中に定着させる試みだったと言えます。
色彩と、それによって知覚される物象の絶え間ない変容と流動における一瞬の姿を、大気の震えの中で揺らめく穂先の一点のごとく捉えた加納光於の版画作品は、つねに清新な視覚世界を私たちに示してきました。本展では加納光於の初期から現在にいたるまで、その創作活動におけるさまざまな局面で大きな役割を果たしてきた版画作品を中心に約120点を展示し、この類まれな作家の作品哲学に迫ります。