伝統に根ざし、伝統に縛られず。
独学でありながら、生涯でこれほど多くの作風に挑んだ陶芸家は稀ではないでしょうか。
石黒宗麿は、古代から連綿と積み重ねられた陶芸技法の数々を紐解き、再現し、それを自身の表現に取り込もうとした人でした。
陶片を師に、物の声に懸命に耳を傾けて陶芸を学びました。
晩年の石黒が暮らし、作陶の場とした「八瀬陶窯(やせとうよう)」には、自身の理想を追い求め、先人たちの技法に学び続けた石黒の痕跡が随所に残っています。
京都精華大学では、八瀬陶窯とそこに残された陶片の検証を起点とした調査・研究活動を2018年からおこなっています。
八瀬陶窯は、大正・昭和を生きた文人の美意識を今に伝えます。
そして、暮らしと作陶が連続した人生を送った石黒の精神性を読み解くにはこれ以上ない場所です。
調査研究の結果、登り窯周辺で土砂に埋もれていた「灯油窯」と「楽窯」が新たに発見され、これまで明らかになっていなかった石黒の作陶設備を知る手がかりとなりました。
2018年6月、本研究の一環として実施した登り窯測量調査において、窯内から石黒作とおもわれる「木葉天目茶碗(このはてんもくちゃわん)」が発見されました。
本作品は焼成時に容れる「匣鉢(さや)」に納められた状態で残っており、焼成時に匣鉢と作品の付着を防ぐための目土も付いたままだったことから、石黒自身が焼成後に取り出すのを忘れたものと考えられます。
本作品においては未解明な部分も多く、今後さまざまな機関と協力して全容を解明していきます。
本展では、新たに知り得た石黒の作陶風景を共有するとともに、いまだ明らかになっていない人物像を皆様と共に考えるきっかけになればうれしく思います。