『消しゴム山』(劇場版)と『消しゴム森』(美術館版)は、演劇作家・岡田利規が、2017年、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市を訪れ、津波被害を防ぐ高台の造成工事で変わってしまった風景を見たことに始まります。嵩上げのための土砂は周辺の山を削り取って賄われているため、かつてあった風景は驚異的な速度で変貌し、岡田は、もはや人間的な尺度を大きく逸脱するものだったと言います。度重なる環境の変化に向き合う人間中心主義に対しての疑いをもって、チェルフィッチュの新作の構想は全く新しい考え方に基づく「演劇」に発展していったのです。そもそも、そうした自然の作り変えをする人間は環境の一部であるにもかかわらず、対立するかのような関係にあると考えていることこそ疑うべきなのでないか。これを演劇に援用すれば、観客は舞台上で展開される話や役者に向き合うというより、その場に存在する環境の一部でしかないのではないか。舞台美術と呼ばれるものでさえ、観客との関係においては上下左右のない、等価に存在しているのでないか。人間中心主義ではない、環境に対する演劇を構想し、そして、それを実験してみようということですから、『消しゴム森』はいろいろな意味で、いわゆる一般的な「演劇」とは大いに異なるのです。岡田利規のこうした投げかけに応えるのは、2007年から主宰する劇団チェルフィッチュとセノグラフィーの金氏徹平です。金氏徹平は空間における物や人の存在と関係について、これまでも岡田と共に実験を繰り返してきています。
『消しゴム山』は、逃げ場のない舞台空間で流れる時間に従って進行していきましたが、金沢21世紀美術館のギャラリースペースでの公演『消しゴム森』では、観客が空間と時間を自由に選択することができます。どこから、どの順で、どこまで観ればいいのかと考えている「あなた」も『消しゴム森』の一部となるので、もはや観客とすらいうこともできないかもしれません。
『消しゴム山』と『消しゴム森』には岡田利規の「映像演劇」の手法も取り入れられています。「映像演劇」とは、舞台映像デザイナーの山田晋平とともに取り組み始めた新しい形式の演劇であり、演じている映像を観る人々が現実とフィクションの間で揺れ動く、曖昧さを創出するものです。
どうぞ、時間の許す限り『消しゴム森』の一部となって壮大な実験にお立ち会いいただき、「演劇」の定義を大幅に更新していくチェルフィッチュ、岡田利規、金氏徹平による新作をお楽しみください。
黒澤浩美(チーフ・キュレーター)