木版画の制作と社会運動が結びついた「木版画運動」。中国では1930年代、日本は1940-50年代、シンガポールは1950-60年代、韓国は1980年代、インドネシアとマレーシアでは2000年以降と、時代はさまざまですが、アジアの各地で発生しました。
時代と範囲が広い事から、展覧会は全10章構成。ここではいくつか絞ってご紹介しましょう。
1章は「1930s 上海:ヨーロッパの木版画、中国で紹介される」。文学者の魯迅はヨーロッパの木版画や画集を収集して、中国で紹介。社会的なテーマを描いたドイツの版画家、ケーテ・コルヴィッツの作品は強い影響を与え、アジアにおける木版画運動は中国から始まります。
3章は「1940s-50s 日本:美術の民主化、中国版画ブーム」。戦後の日本では、中国の木版画がブームに。日本美術会や中日文化研究所は「中国木刻展」を各所で開催しました。その活動は「日本版画運動協会」の結成に繋がり、日本各地に版画サークルが誕生。平和運動や原水爆禁止運動など、市民運動をテーマにした木版画も作られていきます。
4章「1940s-50s ベンガル:土地を奪還せよ」。英国の植民地だったインドで、特に独立運動が盛んだったのがベンガル(現インド東部とバングラデシュ)です。インド共産党に属していた画家たちは、農民運動などをテーマにした版画を作りました。
7章は「1960s-70s ベトナム戦争の時代:国境を超えた共闘」。ベトナム北部のドンホー村では、テト(ベトナムの新年)向けに季節の版画を作る風習がありました。泥沼化するベトナム戦争の中で、伝統的なドンホー版画も政治的なプロパガンダに。子どもをあやす「ホーおじさん」は、もちろんホー・チ・ミンです。
ベトナム戦争では、世界的な広まりを見せた木版画も生まれました。銃と幼児を抱えたベトナム女性の像で、もとは中国の作家による木版画《血が浸み込んだ大地》。反帝国主義・女性解放のアイコンとなり、この図像を採り入れた油彩画がパキスタンで描かれた他、インドネシアや香港、そして欧米でも多くの印刷物に使われました。
9章は「1980s-2000s韓国:高揚する民主化運動」。1980年の光州民衆抗争(光州事件)をきっかけに、民衆美術運動が発展した韓国。ホン・ソンダムによる抗争を描いた版画《五月連作版画〈夜明け〉》が、展示室を一周して並びます。
韓国の民衆美術運動では、大型の掛絵「コルゲクリム」も特徴的です。1987年に大学生が犠牲になった事件を題材にした《ハニョルをよみがえらせろ!》は、原画はハガキサイズの木版画ですが、大型の掛絵になって大学の建物外壁に掲げられました。掛絵は版画を元にして描かれたものですが、注目されるのは、彫刻刀の跡も再現されている事。木版画の荒々しさが、メッセージ性を強調しています。
最後の10章「2000s-インドネシアとマレーシア:自由を求めるDIY精神」には、現在進行形の木版画も。1996年にマイクとボブが結成した「マージナル」は、インドネシアで最も有名なパンク・バンドです。音楽と同時に、版画を含むアートの分野でも活動しており、作品はTシャツになって拡散。権力者の搾取を告発しながら、社会的弱者への支援活動を続けています。
現代のアートシーンでは、美術と社会との接点が問われる事が増えました。本展の作品も、少し前なら「美術」の枠組みに入らなかったでしょう。市民レベルから社会に対して広くメッセージを発信できる事から、展覧会ではこれらの木版画を「SNSの先駆け」としていますが、まさに納得。必ずしも技術的には高くない作品もありますが、逆にその稚拙さこそが最大の魅力です。素朴ゆえのパワーを感じてください。
福岡アジア美術館からの巡回展で、アーツ前橋が最終会場です。都心からでも、さほど遠くはありません。JR前橋駅から徒歩10分です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2019年2月13日 ]