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    レポート
    闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s
    アーツ前橋 | 群馬県
    SNSの先駆け、素朴ゆえのパワー
    最も原始的な印刷で、アマチュアでも作る事ができる木版画。その特性からメッセージを広める手段になり、アジアの近代化に大きな役割を果たしてきた事は、あまり知られていないかもしれません。アジアの木版画を「メディア」として捉えた初めての展覧会が、アーツ前橋で開催中です。
    (左)ホン・ソンダム《五月-19 行こう、道庁へ》 / (右上)ホン・ソンダム《五月-35 献血行進》 / (右下)ホン・ソンダム《五月-34 献血の呼びかけ》 すべて福岡アジア美術館所蔵
    (左から)岡田龍夫《工場》(『形成画報』創刊号)町田市立国際版画美術館所蔵 / 高森捷三 題不詳(『プロレタリア美術』)飯野農夫也画業保存会所蔵
    (左から)上野誠《ケロイド症者の原水爆戦防止の訴え》栃木県立美術館所蔵 / 上野誠《「平和を守る 原爆展」ポスター》神奈川県立近代美術館所蔵
    小口一郎《野に叫ぶ人々》小口一郎研究会所蔵
    (左から)ミヤーン・エジャーズル・ハサン《ドン》福岡アジア美術館所蔵 / リン・ジュン《血が浸み込んだ大地》(『木刻組画 南方来信』)個人蔵
    (左から)グエン・ダン・サン《訓練 大衆教育》 / グエン・ダン・サン《ホーおじさん》 ともに個人蔵
    (左から)レオニーリョ・オルテガ・ドロリコン《民衆の殉教者》 / レオニーリョ・オルテガ・ドロリコン《ボニファシオの人民革命》 ともに福岡アジア美術館所蔵
    (左から)イ・ユニョプ《鶏頭の花畑で(龍山復活図)》 / イ・ユニョプ《ケクサリ村の人びと》 ともに福岡アジア美術館所蔵
    (左から)マージナル マイク&ボブ《魂までは拘束されない》 / マージナル マイク《黒い川》 ともに中西あゆみ所蔵

    木版画の制作と社会運動が結びついた「木版画運動」。中国では1930年代、日本は1940-50年代、シンガポールは1950-60年代、韓国は1980年代、インドネシアとマレーシアでは2000年以降と、時代はさまざまですが、アジアの各地で発生しました。


    時代と範囲が広い事から、展覧会は全10章構成。ここではいくつか絞ってご紹介しましょう。


    1章は「1930s 上海:ヨーロッパの木版画、中国で紹介される」。文学者の魯迅はヨーロッパの木版画や画集を収集して、中国で紹介。社会的なテーマを描いたドイツの版画家、ケーテ・コルヴィッツの作品は強い影響を与え、アジアにおける木版画運動は中国から始まります。


    3章は「1940s-50s 日本:美術の民主化、中国版画ブーム」。戦後の日本では、中国の木版画がブームに。日本美術会や中日文化研究所は「中国木刻展」を各所で開催しました。その活動は「日本版画運動協会」の結成に繋がり、日本各地に版画サークルが誕生。平和運動や原水爆禁止運動など、市民運動をテーマにした木版画も作られていきます。


    4章「1940s-50s ベンガル:土地を奪還せよ」。英国の植民地だったインドで、特に独立運動が盛んだったのがベンガル(現インド東部とバングラデシュ)です。インド共産党に属していた画家たちは、農民運動などをテーマにした版画を作りました。



    7章は「1960s-70s ベトナム戦争の時代:国境を超えた共闘」。ベトナム北部のドンホー村では、テト(ベトナムの新年)向けに季節の版画を作る風習がありました。泥沼化するベトナム戦争の中で、伝統的なドンホー版画も政治的なプロパガンダに。子どもをあやす「ホーおじさん」は、もちろんホー・チ・ミンです。


    ベトナム戦争では、世界的な広まりを見せた木版画も生まれました。銃と幼児を抱えたベトナム女性の像で、もとは中国の作家による木版画《血が浸み込んだ大地》。反帝国主義・女性解放のアイコンとなり、この図像を採り入れた油彩画がパキスタンで描かれた他、インドネシアや香港、そして欧米でも多くの印刷物に使われました。


    9章は「1980s-2000s韓国:高揚する民主化運動」。1980年の光州民衆抗争(光州事件)をきっかけに、民衆美術運動が発展した韓国。ホン・ソンダムによる抗争を描いた版画《五月連作版画〈夜明け〉》が、展示室を一周して並びます。


    韓国の民衆美術運動では、大型の掛絵「コルゲクリム」も特徴的です。1987年に大学生が犠牲になった事件を題材にした《ハニョルをよみがえらせろ!》は、原画はハガキサイズの木版画ですが、大型の掛絵になって大学の建物外壁に掲げられました。掛絵は版画を元にして描かれたものですが、注目されるのは、彫刻刀の跡も再現されている事。木版画の荒々しさが、メッセージ性を強調しています。


    最後の10章「2000s-インドネシアとマレーシア:自由を求めるDIY精神」には、現在進行形の木版画も。1996年にマイクとボブが結成した「マージナル」は、インドネシアで最も有名なパンク・バンドです。音楽と同時に、版画を含むアートの分野でも活動しており、作品はTシャツになって拡散。権力者の搾取を告発しながら、社会的弱者への支援活動を続けています。


    現代のアートシーンでは、美術と社会との接点が問われる事が増えました。本展の作品も、少し前なら「美術」の枠組みに入らなかったでしょう。市民レベルから社会に対して広くメッセージを発信できる事から、展覧会ではこれらの木版画を「SNSの先駆け」としていますが、まさに納得。必ずしも技術的には高くない作品もありますが、逆にその稚拙さこそが最大の魅力です。素朴ゆえのパワーを感じてください。


    福岡アジア美術館からの巡回展で、アーツ前橋が最終会場です。都心からでも、さほど遠くはありません。JR前橋駅から徒歩10分です。


    [ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2019年2月13日 ]


    まっぷる 群馬 草津 伊香保・みなかみ'19まっぷる 群馬 草津 伊香保・みなかみ'19

    昭文社 旅行ガイドブック編集部(編集)

    昭文社
    ¥ 602

    会場
    会期
    2019年2月2日(土)~3月24日(日)
    会期終了
    開館時間
    11時~19時(入場は閉館時間の30分前まで)
    休館日
    水曜日
    住所
    群馬県前橋市千代田町5-1-16
    電話 027-230-1144
    公式サイト http://www.artsmaebashi.jp/
    料金
    一般 500円 / 学生・65歳以上・団体(10名以上)300円 / 高校生以下 無料

    ※障害者手帳等をお持ちの方と介護者一名は無料
    ※3月21日(木・祝)は、「国際人種差別撤廃デー」のため、観覧無料
    展覧会詳細 闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s 詳細情報
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