和泉市久保惣記念美術館の名前は、首都圏の方にはあまり馴染みがないかもしれません。綿業の久保惣株式会社の創業家である久保家が収集したコレクションが和泉市に寄贈され、1982年に開館しました。
現在、美術館のコレクションは約11,000点。展覧会ではうち86件(会期中通して)を、分野別に7章で紹介します。
まずは平安から室町時代までの中世絵画から。仏教が庶民にも広まる中、布教を目的とした絵画が数多く描かれました。金泥で仏の姿が描かれた経典は、仏の荘厳なイメージを強調します。
続いて、桃山から江戸時代の近世絵画。和泉市久保惣記念美術館には、土佐派と住吉派の作品があります。
《源氏物語手鑑》は、2013年度に重要文化財に指定されたばかり。《枯木鳴鵙図》は、剣豪で画家としても確かな腕を持つ、宮本武蔵による水墨画です。
中国絵画では、重要文化財《十王経図巻》が目に止まります。死後に亡者が十王(10人の裁判官)の裁きを受けます。残酷な仕打ちが待っていますが、その表現はなぜかユーモラスです。
続く絵巻は見応えたっぷり。三代久保惣太郎氏は特に絵巻を好んで熱心に収集しており、「絵巻美術館」の実現を目指していました。
重要文化財《伊勢物語絵巻》は、着色された絵画の伊勢物語としては現存最古という貴重な作品。重要文化財《駒競行幸絵巻》も、鮮やかな色彩が印象的です。
浮世絵版画は収集品の寄贈の他、後の寄附金による購入も含め、6,000点を所有しています。初期の墨摺絵から幕末まで、浮世絵の歴史を辿る事ができるラインナップです。
今回展示されているのは、写楽や北斎など。写楽は歌舞伎役者の大首絵で、一時代を築きました。
2階に進むと、工芸から。徳川将軍家や天皇家に伝来した国宝《青磁 鳳凰耳花生 銘「万声」》をはじめ、久保惣コレクションを代表する作品が揃いました。
二代久保惣太郎は茶の湯を愛し、三代久保惣太郎も熱心に工芸品を収集。金属器、陶磁器、漆器と、さまざまな工芸品が揃います。
重要文化財《唐津 茶碗 銘「三宝」》は、朝鮮王朝の影響が強い初期の唐津焼。これらは奥高麗と呼ばれ、珍重されてきました。本品は古くから奥高麗の優品とされる名碗です。
最後のコーナーは、書。ちょうど京博で三十六歌仙の展覧会が始まりますが、国宝《歌仙歌合》は、三十六歌仙が確立される前の古い歌仙集です。渡来僧や禅僧たちの墨跡にも名品が見られます。
最後に、久保惣の寄贈について。企業や個人が公立館に美術品を寄贈するのは珍しくありませんが、久保家は美術館の運営資金も寄付。美術館が開館した後も市のために購入・寄贈を続け、後に美術館の新館と土地まで寄贈しています。収集家が地方公共団体に対し、ここまで長期に渡って文化的な支援をするのは、極めて珍しいケースです。
同館のコレクションがこれほどの規模で館外に出るのは、実に37年ぶり。貴重な機会を、お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2019年10月4日 ]