深井隆さんは群馬県高崎市生まれ。東京藝術大学、同大学院で彫刻を学び、1984年から35年にわたって、同校の彫刻科で指導しました。2013年には紫綬褒章を受章するなど、日本の具象彫刻を牽引する存在です。
藝大の学生の時から板橋に住むなど、板橋区とは縁が深い深井さん。板橋区立美術館は、深井さんが大学院を卒業した翌年の1979年に、東京23区初の公立美術館として開館しました。
深井さんは1980年から84年までは、毎年、板橋の区民美術展である板橋区現代作家展に出展。以降も同館で行われたグループ展に何度も出展しています。
2018年に東京藝術大学大学美術館で「退任記念 深井隆展 ― 7つの物語」を開催。今回は、彫刻家として長い間関わってきた大学を離れた後に、これまでの歩みを振り返る展覧会になりました。
会場に入ると、家の形をモチーフにした「栖」シリーズから。新作の《栖 2020 ― 街 ―》には、少しずつ形が違う、金色の家が並びます。創作において、人間とは何かを考えてきた深井さん。人が住む家を表現する事は、人間そのものを表現する事につながります。
右に進むと(特に順路は設定されていません)、金色の円盤、直立する木の幹、そして馬をかたどった《月の庭 ― 言葉を聞くために ―》。奥の空間にも、馬と円錐形の作品《月の庭 ― 月に座す》です。
幾何学的な形の中で際立つ、美しい馬のかたち。馬はチェスの駒から兵馬俑まで、洋の東西を問わず、古来から立体で表現されてきました。深井さんは「生き物の中で最も形が綺麗」と語っています。
反対側の部屋は、大学生のころから現在まで作り続けている椅子の作品で、一対の肘掛け椅子は「王と王妃」シリーズ、金色の翼を持つ「逃れゆく思念」シリーズです。
肘掛けがついた重厚な椅子は、製品のように仕上げられている反面で、所々には木の素地が残り、荒々しさが剥き出しになります。座面には書物とリンゴ。リンゴは原罪を意味しているのでしようか。
奥に進むと、新作の《青空 ― 2020》です。翼は椅子から離れ、しかも無垢ではなく鮮やかな青色。これまでとは異なる、新しい試みの作品です。
細長い部屋にはふたつの作品《円形の庭 ― 覚醒 ―》と《幻想の闇より》。ともに1993年と少し前ですが、インパクトの強い作品。突き刺さっている長い棒は、光をイメージしているそうです。
展示作品と空間が作り出す「物語」は、鑑賞者なりに読み解いていただければと思いますが、残念ながらコロナで休館中。凝ったデザインの図録もお手に取っていただけるのは、少し先になりそうです。板橋区美術館初のこころみとして、公式Twitterで作者自身による作品解説動画も配信されていますので、あわせてお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年4月7日 ]