その美貌とは裏腹の強烈な印象の絵画で、数々のメディアでも紹介されている松井冬子さん。今、最も注目を集めている日本人画家の一人といえるでしょう。
第2章「幽霊」展覧会のサブタイトルでもある「世界中の子と友達になれる」は、松井さんの幼少期の経験に由来します。
静岡県森町で育った松井さん。小さな町の小学校では次々に友達が増え「いずれ世界中の子どもと友達になれる」と強く確信していました。
もちろん、成長してからはそれが不可能であると気づきますが、「世界中の子と友達になれる」という言葉は、妄想と狂気が入り混じったキーワードとして、松井さんの中に強く残ったのです。
展覧会メインビジュアルの作品名も「世界中の子と友達になれる」。空っぽの揺り籠、藤棚状に連なる無数のスズメバチ、可憐な少女は下着姿で、手足からは出血…。松井さんの大学の学部卒業制作作品で、この作品の後、まとまった制作が1年間できなかったという力作です。
会場には完成作に至る前の下図も展示されており、「全体的にワントーン暗めの藤色を使う」「顔・肌だけは失敗できない 一発ギメ」などのメモ書きが読み取れます。
第6章「鏡面」第8章「ナルシシズム」会場構成は「受動と自殺」「幽霊」「世界中の子と友達になれる」「部位」「腑分」「鏡面」「九相図」「ナルシシズム」「彼方」の9章。今回の新作は4点ですが、うち3点は「九相図」(くそうず)の章の作品です。
九相図とは、人間が死んだ後に、死体が腐乱し、骨になるまでのさまを9つの段階に分けて描いた絵画です。仏教において、出家者が肉体への執着を断つトレーニングとして作られたもので、日本にも鎌倉時代以降の作品が数多く残っています。
松井さんによる九相図も壮絶です。裂かれた腹の中の子宮を見せ付けて横たわっていた女性が、新作では蛆に蝕まれ、骨には蛇が巻きつき、荒涼とした地に最後に残るのは頭骨と背骨のみ。胸が締め付けられるような寂寥感が漂います。
「身体も感覚も私自身のものとして実感し共有できる女(雌)しか描かない」(展覧会図録より)という松井冬子さん。悪夢に出てきそうな作品の数々も、横浜美術館の広報ご担当の女性に聞くと「女性として共感できる」との答えでした。
若い人を中心に多くのファンを持つ松井さん。実は、女性のほうが松井さんの意図を理解しやすいのかもしれません。男である筆者は、ちょっと羨ましく思ったりします。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2011年12月17日 ]