多くの絵巻物や奈良絵本で表現されてきた酒呑童子。いくつかのバリエーションがあり、大きくは鬼の住みかによって大江山系と伊吹山系に分けられます。
根津美術館が所有する《酒呑童子絵巻》は、室町時代(16世紀)のもの、江戸時代(17世紀)のもので伝狩野山楽筆、江戸時代(19世紀)のもので住吉弘尚筆の3種類。ストーリーとしてはいずれも伊吹山系に属しますが、年代の違いもあり、その画風は大きく異なります。
まずは室町時代(16世紀)の《酒呑童子絵巻》。伝来しているのは1巻だけですが、おそらくは3巻構成で、現存しているのは中巻の大部分と見られています。最大の特徴は、その画風。「ゆるい」という形容がピッタリで、寝入っている鬼の姿は、全く怖くありません。
続いて、江戸時代(17世紀)伝狩野山楽筆の《酒呑童子絵巻》。画風から狩野派の絵師によるものと思われますが、はっきりとしません。精密な花鳥表現が印象的で、特に酒呑童子の館の庭は長大な画面に描いています。伊吹山系の最古本である狩野元信筆《酒呑童子絵巻》(サントリー美術館蔵)を踏襲した作品です。
最後が江戸時代(19世紀)、住吉弘尚筆の《酒呑童子絵巻》。他の作品とは異なり前半部分に酒呑童子の生い立ちが描かれており、全8巻49段という長大な構成。本展ではその全貌がはじめて公開されました。ざっとストーリーをご紹介しましょう。
物語は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治する場面からはじまります。童子は悪霊になったヤマタノオロチの霊魂を祀った伊吹明神の子です。
近江国で生まれた童子は、3歳から酒が大好き。禁酒のため比叡山に修行に出されるも、祝いの宴で久しぶりに酒を飲んで大暴れ。伝教大師(最澄)に追い出され、伊吹の岩屋に住む事になります。
時を経て、童子の悪行が復活。村里で女や子供を奪って食べる童子に対し、伝教大師が7日間に及ぶ修行で追い払いますが、童子は都近くの千丈ヶ嶽(大江山)に住み着いて百年も雌伏。大師がいなくなった世で、また悪事を働きます。
安倍晴明の占いで、悪事は酒呑童子の仕業と判明。源頼光に追討の勅命が出され、自分に従う四天王(渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武)、さらには藤原保昌の6名で討伐隊を結成。住吉・熊野・八幡の三神の導きで、酒呑童子の館に入ります。
三神から授かった酒で酒呑童子を酔わせた一行は、ついに討伐へ。見事、首を討ち落としますが、なおも刎ねられた首が頼光にかみつきます。ただ、ここでも三神から授かっていた兜をかぶっていたため、難を逃れました。その他の家来も討ち取って凱旋し、帝から重い恩賞を受けました。
成敗のシーンだけにスポットが当たる事が多い《酒呑童子絵巻》の全容を楽しめる、またとない機会です。この季節恒例の伝狩野山楽《百椿図》(展示室5のテーマ展示)もあわせてどうぞ。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2019年1月9日 ]