イタリア半島から西トルコにまたがる広大な地域を支配していた古代ギリシャ。男たちは戦いに備え、子どもの頃から運動競技で体を鍛えます。肉体に気を配るのは社会的義務であるとともに、外見上の肉体的な完璧さは、内面の道徳的な正しさを反映しているとも考えられていました。
全ギリシャ世界から競争相手が集う最大のイベントは、4年に1度開催されるオリンピア競技祭、すなわち古代オリンピックです。運動競技での勝者は英雄として讃えられ、その名は死後も語り継がれたといいます。
本展の目玉が、ミュロンの傑作「円盤投げ(ディスコボロス)」。この男性もオリンピア競技祭での勝者だったのかもしれません。歴史や美術の教科書で目にした方も多いかもしれませんが、実物は高さ169cmというかなり迫力のある像です。
≪円盤投げ(ディスコボロス)≫ 後2世紀(原作:前450-前440年頃) / 大理石 ◇本展の目玉。360度、好きな方向から見ることができます。今にも動き出しそうな躍動感あふれるポーズ、惚れ惚れするような肉体美が印象的ですが、この像は真横から見ることで完璧な構図になるように作られているため、実は真正面から見るとかなり窮屈な姿勢です。1896年に開かれた第一回近代オリンピックで円盤投げ競技が行われた際、この名作のポーズに捉われていたギリシャ人は記録が伸びず、ほとんど円盤を投げたことがなかったアメリカ人選手に敗れた、という後日談もあります。
≪アフロディテ(ヴィーナス)像≫ ローマ時代(原作:前4世紀)/ パロス産大理石「女性の身体美」のゾーンでは、古代における最も有名な女性裸体像、アフロディテ像も出品されています。ギリシャの彫刻家プラクシテレスが紀元前360年頃に制作したもので、トルコ南西の都市クニドスに安置したところ、たちまち旅行者たちを惹きつける人気スポットになったそうです。その芸術的な完成度の高さから、その後の様々な芸術家がアフロディテ(ヴィーナス)の裸体表現をする上で、インスピレーションの源となった作品でもあります。
≪サテュロスから逃れようとするニンフの像≫ 後2世紀 / 大理石 ◇奥に「性と欲望」ゾーンが続く古代ギリシャはローマ帝国に征服されますが、ローマ人はギリシャ美術を愛し、数多くのコピーを作ったため、文化的にはギリシャに征服されたと言われます。その表現はルネサンス期にはミケランジェロやダビンチに引き継がれ、産業革命以降に西洋文明が世界中に広がるなかで、遠く現在の私たちにも美の基準として伝わりました。そのため、はるか昔の作品であるにも関わらず、現在の我々が見てもとても魅力的に感じるのです。
大英博物館の至宝135点。研ぎ澄まされた2000年前の肉体美は、9月25日(日)まで
国立西洋美術館でご覧いただけます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2011年7月4日 ]©The Trustees of the British Museum