江戸の女装と男装

男女の入れ替え、自由自在

「LGBT」という言葉はありませんでしたが、江戸時代にも男装する女性や、女装する男性という「異性装」の文化がありました。祭礼において、歌舞伎において、そして絵の中の表現として…。男女の境界を自由に超えてきた浮世絵を紹介する展覧会が、太田記念美術館で開催中です。

  • (左から)菊川英山《青楼仁和嘉全盛遊》文化8~10年(1811~13)頃 個人蔵 / 落合芳幾《新吉原角街稲本楼ヨリ 仲之街仁和賀一覧之図》明治2年(1869)8月 国立音楽大学附属図書館蔵 竹内道敬文庫
  • 楊洲周延《新吉原仁和賀の賑》明治21年(1888)8月 国立音楽大学附属図書館
  • (左から)歌川国貞《美人合 俄》文政12年(1829)頃 太田記念美術館 / 月岡芳年《風俗三十二相 にあいさう 弘化年間廓の芸者風俗》明治21年(1888)4月 太田記念美術館
  • 歌川国芳《祭礼行列》天保15年(1844)頃 国立音楽大学附属図書館蔵 竹内道敬文庫
  • (左手前から)歌川広重《東海道五十三図会 四十四 四日市 諏訪明神祭礼》嘉永2~4年(1849~51)頃 太田記念美術館 / 歌川国貞(三代豊国)《江戸名所百人美女 山王御宮》安政4年(1857)11月 太田記念美術館
  • (左から)歌川国貞(三代豊国)《八代目市川団十郎の巫福寿宝子実ハ児雷也》嘉永5年(1852)7月 早稲田大学演劇博物館 / 歌川国貞(三代豊国)《『しらぬひ譚』》嘉永6年(1853)4月 個人蔵
  • (左から)歌川国貞《楽屋錦絵二編 十枚之内 五代目岩井半四郎》文化9年(1812)3月 個人蔵 / 歌川国貞《不二都久葉あいあい傘》天保2年(1831)頃 個人蔵
  • (左から)歌川国貞(三代豊国)《源氏見立八景之内 空蝉暮雪 から衣》安政5年(1858)8月 太田記念美術館 / 豊原国周《三代目沢村田之助(死絵)》明治11年(1878)7月 太田記念美術館
  • (左から)鳥文斎栄之《見立五人の茶屋女》寛政5年(1793)頃 太田記念美術館 / 喜多川歌麿《高名美人見たて忠臣蔵 弐たんめ》寛政6~7年(1794~95)頃 太田記念美術館

ギリシア神話のアキレウス、ジャンヌ・ダルク、ベルばらのオスカルと、実在・フィクションを問わず、異性を装う文化は古今東西どこでも見られます。本展では浮世絵に描かれた異性装を通じて、江戸時代の風俗や文化の諸相を考察します。

まずは「風俗としての女装・男装」。俄(にわか)は吉原で8~9月頃に行われた行事で、芸者が町の中を練り歩きます。出し物の中で、しばしば異性装などが見られました。髪を男髷に結っているのが女芸者。この風俗は明治に入っても続き、明治21年の浮世絵にも描かれています。山王祭や神田祭の附祭(つけまつり:山車と山車の間で行われた出し物)でも、男装が見られます。

続いて「物語の中の女装・男装」。牛若丸や犬坂毛野(『南総里見八犬伝』の登場人物)らは女装、巴御前や板額(女武者)らは男装。異性装はストーリーの大きなポイントになっています。

第1章「風俗としての女装・男装」、第2章「物語の中の女装・男装」


3章「歌舞伎の女形たち」と4章「歌舞伎に見る男女の入替」は、歌舞伎について。歌舞伎に女性が出演する事が禁じられたのは寛永6(1629)年。以来、歌舞伎の女形は、女装のスペシャリストとなっています。女形を演じる歌舞伎役者は、日常生活でも女性のように暮らす事が推奨されました。

歌舞伎では、通常は立役(男性役)が演じる人物を、女形が務める演目もあります。整理すると「男性を演じるのは女性役の男性」という、複雑な構造になります。

最後は「やつし絵・見立絵に見る男女の入替」。和漢の古典を当世風にした「やつし絵」や、ある物からある物を連想する「見立絵」にも、男女を入れ替えた作品が見られます。六歌仙や侠客として描かれた、当時の名高い美人たち。自由な発想で楽しい作品が次々に生まれていきました。

第3章「歌舞伎の女形たち」、第4章「歌舞伎の傾向に見る男女の入替」、第5章「やつし絵・見立絵に見る男女の入替」


少なくとも、祭りなどの非日常や、歌舞伎や浮世絵などの表現では、男女の入れ替えが自由に受け入れられていた江戸時代。当時の風情が伺い知れる、貴重な展覧会です。会期は約3週間とかなり短いので、お早目にどうぞ。

[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2018年3月1日 ]

江戸の女装と男装江戸の女装と男装

渡邉 晃 (著), 太田記念美術館 (監修)

青幻舎
¥ 2,484


ツイートをみる

 

ミュージアムの詳細

展覧会の詳細

会期

2018年3月2日(金)~3月25日(日)