特集展示「もののけの夏 ― 江戸文化の中の幽霊・妖怪 ―」

オバケ大好きは、江戸時代から

夏の展覧会では定番といえる、お化け。ただ、国立歴史民俗博物館が国内有数の「怪談・妖怪コレクション」を所蔵している事は、あまり知られていないかもしれません。100点の資料で江戸時代に描かれた妖怪や幽霊を紹介する展覧会が、同館で開催中です。

  • 狩野洞雲益信「百鬼夜行図」貞享元年(1684)以前 国立歴史民俗博物館蔵
  • 《化物絵巻》江戸時代 国立歴史民俗博物館蔵
  • 《手遊うつしゑ》天保(1840~44)頃 国立歴史民俗博物館蔵
  • (左から)三代歌川豊国《昔語岡崎猫石妖怪》弘化4年(1847) 国立歴史民俗博物館蔵 / 三代歌川豊国《東駅いろは日記 岡崎八橋村の場》文久元年(1861) 国立歴史民俗博物館蔵
  • (左から)三代歌川豊国《東山桜荘子 織越館の場》嘉永4年(1851) 国立歴史民俗博物館蔵 / 歌川国芳《東山桜荘子 織越館の場》嘉永4年(1851) 国立歴史民俗博物館蔵
  • (左から)歌川芳豊《柳川豊後大掾 浅草奥山に於て興行仕候》弘化4年(1847) 国立歴史民俗博物館蔵 / 歌川国芳《曲独楽竹沢藤次》弘化元年(1844) 国立歴史民俗博物館蔵
  • 歌川国芳《本朝三勇士》嘉永5年(1852) 国立歴史民俗博物館蔵
  • 玉園《画本西遊記 百鬼夜行ノ図》江戸末期~明治初期 国立歴史民俗博物館蔵
  • (上から)《進雄尊悪神退治》慶応4年(1868) 国立歴史民俗博物館蔵 / 《子供あそび百ものがたり》慶応4年(1868) 国立歴史民俗博物館蔵

お化けや妖怪が大好きな日本人。漫画やアニメで何度も取り上げられており、ゲゲゲの鬼太郎、妖怪人間ベム、ドロロンえん魔くん、幽☆遊☆白書、妖怪ウォッチと、いくつでも挙げられます。

妖怪は死と隣り合わせにあり、本来は畏怖すべき存在です。ただ、江戸時代にはすでに興味関心の対象になっており、妖怪をテーマにした絵本や錦絵も大量に作られました。今につながる「妖怪ブーム」は、かなり前から始まっていた事になります。

展覧会では館蔵品を中心に個人蔵も加え、ちょうど100点で幽霊や妖怪を紹介。あわせて、それらが江戸文化で果たした役割も考察します。



冒頭は、狩野洞雲益信による《百鬼夜行図》。妖怪が行列を成して進むさまは、江戸時代に数多く描かれました。作者の狩野益信は狩野探幽の養子で、駿河台狩野家の祖。ユニークな描写ですが、各所に狩野派ならではの力量が見て取れます。

会場には、遊びに取り入れられた妖怪の姿も。歌川芳員《新板化物づくし》では、釜や酒樽も妖怪になっています。

江戸時代に妖怪が飛躍(?)した要因として、歌舞伎での上演もあげられます。怪談物の歌舞伎が成立したのは、文化・文政(1804~30)期。早替わりや戸板返しなど効果的な演出もあり、庶民の人気を博しました。怪談物の歌舞伎の流行を受けて、幽霊や妖怪を演じた役者絵も数多く描かれています。

妖怪は盛り場にも進出。見世物興行では等身大の幽霊がつくられたほか、現在の幻灯にあたる“写し絵”でも、幽霊が再現されています。

源頼光と四天王らの土蜘蛛退治など、英雄の武勇譚にも妖怪は登場します。「豊国にかほ(似顔)国芳むしや(武者)広重めいしよ(名所)」と呼ばれたように、武者絵といえば歌川国芳。横に三枚つないだ「大判三枚続」は、迫力たっぷりです。

激動の幕末・明治初頭には、妖怪を描いた浮世絵に世相への皮肉も込められました。歌川芳盛《昔ばなし舌切雀》には、箱から出てきた妖怪の中に、顔が長州藩毛利家の家紋になっている大入道が。発行された元治元年(1864)は、長州が敗北した「蛤御門の変」がおこった年です。

展覧会は企画展示室Bで開催。ただ、企画展ではなく特集展示のため、観覧料も常設展の料金(一般 600円など)と同額です。会場前にはスタンプで多色刷り版画のポストカードが作れる楽しいコーナーもありました。

[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2019年7月29日 ]

るるぶ にっぽんの博物館るるぶ にっぽんの博物館

ジェイティビィパブリッシング(編)

ジェイティビィパブリッシング
¥ 1,000

 

ミュージアムの詳細

展覧会の詳細

会期

2019年7月30日(火)~9月8日(日)