「それいゆ」「ひまわり」「ジュニアそれいゆ」などの雑誌編集、表紙画や挿絵の制作、ファッションの提案、インテリアデザイン、人形制作、タレントの発掘、ミュージカル衣装の制作…。中原淳一は肩書きをつけるのが難しいほど、多彩な分野で活躍したマルチクリエイターです。
本年は、中原淳一の生誕100周年かつ、没後もちょうど30年。本展は日本橋三越からスタートして横浜が3カ所目で、この後も大阪展、愛知展と続きます。
展覧会の冒頭は雑誌「それいゆ」の表紙から。「それいゆ」は中原淳一が編集した初めての雑誌で、記事の内容はもちろん執筆者の選定、グラビアで使うモデルや背景、ページ割りなどの細部まで自ら手がけました。
「それいゆ」の表紙と、戦前に開店した中原の店「ヒマワリ」の商品展覧会は「中原淳一の世界」「あなたらしくあること ─ ファッションデザイナーとして」「生活を美しくする ─ ライフスタイルの提案」「多彩な才能」の4章構成です。
中原淳一が生涯に制作した作品は1万点を超えるといわれており、広いジャンルで旺盛に制作を続けました。
「それいゆ」表紙原画、ヘアスタイルの提案、ブラウスのデザイン、スタイルブック…会場には、中原が「ひまわり」で提案した少女のための部屋も再現されています。
戦後の混乱が続く1950年前後の日本。少女が個室を持つことは現実的ではありませんでしたが、布をはぎ合わせて敷物にしたり、出窓を椅子代わりにしたりと、制約がある中でも工夫を凝らしたインテリアを提案してます。
再現された部屋も含めて、会場には写真撮影できる場所が3カ所あります。最終章では、中原が描いたシンデレラのドレスをファッションデザイナーの丸山敬太さんが再現した展示なども。晩年に不自由な身体で制作した人形も紹介されています。
第4章「多彩な才能」戦前・戦後の厳しい時代でも「女性は美しくあって欲しい」という強い信念を持っていた中原。「女性が美しくなる日本は幸せになる」というようなコピーをどこかで見ましたが、中原も同じ思いだったのでしょう。その一途な思いは、今でも私たちの心をとらえます。(取材:2013年6月5日)