古代の神殿、電車、同じ顔をした裸婦、ランプ…。ポール・デルヴォーはひと目でそれとわかる幻想的な作風で知られています。同じベルギーのシュルレアリストとして、1歳違いのルネ・マグリット(1898-1967)と比較されることも多いデルヴォーですが、理詰めで絵を構成したマグリットに比べ、デルヴォーの絵は個人的な経験がベースになっています。
本展では今まであまり注目されていなかった初期の作品から、ベルギー国外に出ることがなかった最晩年の作品までを網羅していきます。
第4章「ポール・デルヴォーの世界」から‘欲望の象徴としての女性’弁護士の家に生まれたお坊ちゃんだったデルヴォー。初期の作品には、後の印象からはほど遠い、印象派そのものの風景画もあります。ただ、後に通じる要素もあり、後年の絵に良く登場する汽車は、すでにこの時期にも描かれています。
近代絵画でしばしば描かれる汽車。「文明の象徴」「遠い場所への思い」などの寓意を含む場合がありますが、デルヴォーは純粋に汽車が好きだったことが大きな理由です。15歳でトラムの模型を自作し、列車で国内を頻繁に旅行する100年前の‘鉄っちゃん’でした。
第1章「写実主義と印象主義の影響」デルヴォー作品だけの本展には、スケッチや習作も数多く出品されており、その制作プロセスを感じることができます。
デルヴォーのカンヴァスに描かれる人物はいつも同じ顔をしていますが、モデルを描いたスケッチは実に写実的。作品には理想の女性像(妻のタムといわれています)を投影していたことが分かります。
《夜の使者》は習作と並んで展示されています。つるっとした印象の完成品に対して、習作は意外なほどガリガリと描き込まれており、デルヴォーの別の一面を垣間見ることができます。
《夜の使者》と、その習作マグリットとデルヴォーのもうひとつの大きな違いは、その生涯。68歳で亡くなったマグリットに対し、デルヴォーは96歳まで長生きしました。
1986年に描いた最後の油彩画《カリュプソー》は、デルヴォーが89歳の時の作品。当時のデルヴォーはかなり視力が衰えていましたが、こちらは120×90cmという大きな絵。最盛期とはタッチの違いこそあれ、大きな瞳の横顔の裸婦はいかにもデルヴォーです。
この後に数点の水彩を描きましたが、最愛の妻・タムが1989年に亡くなってからは、二度と筆を握ることはありませんでした。
第5章「旅の終わり」ちょうど損保ジャパン東郷青児美術館では、デルヴォーが最も影響を受けたという母国の先輩、
ジェームズ・アンソールの回顧展も開催中。京王線1本でベルギーの近代絵画を一望できる両展、ともに会期は11月11日(日)までです。(取材:2012年9月20日)
| | ポール・デルヴォー
アントワーヌ・テラス (著), 與謝野 文子 (翻訳) 河出書房新社 ¥ 3,990 |