
《鋳銅前田利長騎馬像》 作者 原型:米 治一、鋳造:北村俊之
作者 原型:米 治一、鋳造:北村俊之
●米 治一(こめ じいち)
生没年:明治29年(1896)~昭和60年(1985)
高岡市横田町出身の彫刻家(原型師)。号は静雲。富山県立工芸高校(現高岡工芸高校)を経て、東京美術学校(現東京藝術大学)、同研究科で高村光雲らに学んだ。卒業後は一貫して高岡銅器や銅像の製作に携わる。作品数は数千点に及び、全国各地に建つ約200基の銅像原型を手がけた。昭和天皇や秩父宮の買い上げ作品や新宮殿屋上飾り「瑞鳥」など皇室関連の作品もある。また陶芸や絵画にも秀でた。
●北村 俊之(きたむら としゆき)
生年:昭和19年(1944)
高岡市横田町出身の焼型鋳造作家。号は俊岳。父久俊に師事し、仏像・銅像・花器・床置物などを製作。平成12年(2000)に日本伝統工芸士(高岡銅器・造形部門)に認定された。
・年代 昭和50年(1975)以前。本像裏面の高岡市備品ラベルに「751113」とあり、1975(昭和50)年11月13日以前に製作され、市が入手したものと判明する。国指定史跡「高岡城跡」(高岡古城公園)本丸北隅に建つ米治一作の銅像(1975年11月建、矢木富次郎鋳造)と似ており、おそらくそれ以前に何躯か鋳造されたものと思われる(高岡市役所にもある。本像は高岡市デザイン・工芸センター旧蔵)。
・作品説明
富山県高岡市は江戸時代以来、花瓶や置物、また梵鐘やブロンズ像など「高岡銅器」の産地である。
「高岡開町の祖・前田利長」のトレードマークである「銀鯰尾形兜(ぎんなまずおなりかぶと)」を被り、馬に跨る利長を表現している(采配は取り外し可能)
高岡城跡の像は慶長14年(1609)9月13日、利長が高岡城と城下町を開いて入城した際の姿と銘板にある。
担当者からのコメント
高岡の生みの親で名付け親でもあり、地元に慕われる前田利長公の高岡入城の晴れ姿をかたどった像です。さらに高岡市の伝統産業・工芸の「高岡銅器」であり、これほど高岡市を象徴した作品も無いと思われます。このイベントを通して、大いに高岡市を紹介していきたいと思います。