白洲正子(1910~98)は、明治43年樺山伯爵家の次女として生まれ、幼い時から能に親しみました。14歳でアメリカに留学し、18歳で帰国。その後まもなくイギリス留学から帰国していた白洲次郎(1902~85)と出会い結婚します。戦争中の昭和18年、東京郊外の鶴川村(現・町田市)の古い農家に移り住み、武蔵と相模の国境にあることから「武相荘」と名づけ、以後この地で暮らしました。戦後は小林秀雄、青山二郎と親交を結び、文学、骨董の世界に入るとともに、銀座に染織工芸の店「こうげい」を営み、多くの織司や染色家と交流を重ね、優れた工芸家を育てました。
この度、齋田記念館で開催する展覧会では、正子の着物とお茶に注目し、正子の愛した着物や器をその言葉とともにお愉しみいただきます。流儀茶道からは距離をおき、器であれば生活用具の自然な趣を、着物であれば普段着の紬を特に愛した正子は、よそ行きの美ばかりでなく、日常の美を大切にしたとも言えましょう。また、一般に茶の湯の器には、華やかな金襴緞子の名物裂の仕服が添えられることが多いですが、正子の愛した器には、その趣に合った素朴な丹波布の仕服が添えられ、着物と相通ずる正子の趣味が窺えます。
若い頃に国際的教養を身につけながらも、日本文化に深く傾倒した正子のあり方は、国際化の進む現代において、私たちの土台である日本文化、更には地に足のついた日常の大切さを気づかせてくれるように思われます。正子は“茶道とは「生活」全般にわたる心構えで、この混沌とした人間社会に、いかにして秩序を与え、いかにして美しく、たのしく過ごせるかという公案を課すことにほかならない”(「私の茶の湯観」)と述べていますが、本展が、皆様それぞれの人生を「いかにして美しく、たのしく過ごせるか」に向きあう契機となりましたら幸いです。