33歳の頃、沖縄の伝統的な型染めである「紅型(びんがた)」の美しさに驚愕し、1939年(昭和14年)、44歳にして10年越しの念願だった沖縄行きを実現、紅型の技法を学びます。その後、確かな造形力と、心にくいまでの色彩感覚を駆使して、型絵染で数々の斬新なデザインを生み出し、柳宗悦をして「文様に芹沢を得た。」と言わしめました。61歳(1956年・昭和31年)で重要無形文化財(人間国宝)に認定され、81歳(1976年・昭和51年)には、フランス政府の招聘で、芹沢作品による一大展覧会がフランス国立グラン・パレ美術館で開催されました。その時のル・モンド評は「芹沢氏を人は染色家と呼ぶ。確かに事実には相違ないが、それのみで氏を位置づける事は出来ない。現在グラン・パレで200点を越える絵画、デッサン、挿絵の展示が行われているが、作品にはブラック、クレーに匹敵するものがあるからである。(中略)この類稀な染色物の位置を、マチスの切り紙とならべておくのは、あながち間違いとは言えまい。」と、当代一流の芸術家と肩を並べる、最高の賛辞を呈しました。
芹沢作品は、確かな描写力に裏付けられた文様、豊かなモティーフ、明るく暖かな色調、おおらかな作風で、今も多くの人々に親しまれています。名高い「型絵染」による着物、帯、暖簾、グリーティングカード、カレンダー、マッチ、本の装丁、絵本、緞帳の他にも、家具、花筵、ステンドグラス、建築内外装など、生活のあらゆる分野にわたるデザインを手がけました。
本展は、沖縄の紅型(びんがた)の美しさに魅せられて染色を志し、生涯の師と仰いだ柳宗悦と出遭い、民藝運動の若きホープとして出発した初期から、ガラス絵など晩年の絵画作品までの代表作品を網羅して、合計281点を通観します。また、芹沢の確かな審美眼で蒐集された国内外の民芸品コレクションの一端も103点を紹介し、「生活美のデザイナー」として芹沢が残した偉大な足跡をたどります。