絵画のジャンルといえば、現在では「人物画」、「風景画」、「静物画」などが馴染み深いのではないでしょうか。そして英語でジャンル・ペインティングというと人々の暮らしの様を描いた「風俗画」を意味します。西洋美術史をたどると、経済発展をとげた17世紀のオランダにおいては、豊かな市民がより身近で親しみの持てるテーマの絵画を購入するようになりました。18世紀後半にはヨーロッパ、特にフランスにおいて宗教や神話を描いた「歴史画」、「肖像画」、「風俗画」、「風景画」、「静物画」といったジャンルの区分が明確になっていきました。 では近代以降の画家たち、そしてそれを鑑賞する現代の私たちにとって、絵画のジャンルとはどのようなものでしょうか。本展では、第1章「風俗画」(約25点)に続けて「我々を囲む外界-風景」(約15点)、「小さきものを愛でる-静物」(約20点)、「親密な空間-室内画」(約15点)、「画家としての私―画家のアトリエ」(約15点)の全5章で画家が人々の営みを描くということはどのようなことなのかということを、絵画のモティーフ別に検証します。 身近な暮らしの情景を描いた「風俗画」には、生活や人生に対する画家の視点が反映されます。近代以降、画家たちは市井の人の姿を様々な状況下で描いています。例えば働く人々の作品からは、労働の尊さや、人間の身体やその動きの美しさに画家たちが魅了されたことが分かります。山水や花鳥風月が伝統的画題として存在する日本において、「風景」と「静物」は今日の画家たちにとっても身近な対象です。フランス語で静物画はナチュール・モルト「死んだ自然」となりますが、日本では、草花は「生きている愛でるべき小さな自然」として描かれてきました。また、自然の風景に加えて近代化によって変貌する街の姿も画家たちにとって、暮らしを活写する重要な画題です。 さらに描かれる対象が画家自身や画家の親しい人物である場合、家庭内の空間が画面上に提示され、画家その人とその空間がどのような関係を持っているのかが示されます。なかでも、アトリエは、画家のいる空間を画家自身が描いているということからすれば、「親密な室内画」の範疇でもありますが、「自分は画家である」という自己表明としてみれば、「画家のアトリエ」は自画像に類する特別なものとして捉えられます。「画家である私」が制作をする場である「画家のアトリエ」は、絵画を描く主体である画家その人自身を表わすものでもあります。 絵を描くということ自体が人の営みです。画家を魅了する光景の中に深い人間の営みを読み取る時、私達は、絵画とは何かという大きな問いかけに対峙することになるでしょう。