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レポート
「JFK-その生涯と遺産」展
国立公文書館 | 東京都
43歳で大統領、46歳で死去…激動の歩みを辿る
第35代アメリカ合衆国大統領、ジョン・F・ケネディ(1917-1963)。衝撃的な死から半世紀を経た今も、高い関心を集めています。激動の生涯を辿る企画展が、国立公文書館で開催中です。
左は1960年の大統領選のポスター。当初は真剣な表情の写真を予定していましたが、デザイナーが笑顔の写真が魅力的と主張。笑顔の写真は大統領選勝利の象徴になりました。
第1章「若き日の JFK」
右下はケネディのサイン入り写真(1953年2月)。この年の9月にジャクリーンと結婚しました。
左は大統領の就任演説を行うケネディ(1961年1月20日)
会場
ダラスでパレートの車に乗る大統領夫妻と、暗殺後に大統領宣誓を行うリンドン・ジョンソン(ともに1963年11月22日)
右下はケネディ・池田首脳会談(1961年6月20日)
日本人形の後ろにあるのは、キャロライン・ケネディが「ホワイトハウス」のレターヘッド入り用紙に描いたクレヨン画
会場の国立公文書館
会場は「若き日の JFK」から。金融業で成功した家に生まれたケネディは、幼い頃は病気がちで成績も振るわなかったというのは少し意外です。従軍中には日本軍に遭遇、命がけで仲間を救い、一躍戦争の英雄としてその名は全米に広まりました。

わずか43歳で大統領に就任するまでの歩みは、続く「大統領への道」で紹介。戦死した兄の遺志を継いで、1946年に連邦下院議員選挙に挑戦し、29歳で初当選。52年には上院議員に、そして1960年には大統領選挙に挑み、経験豊富なニクソンを抑えて当選しました。選挙で選出された大統領としては、現在でも史上最年少です。


1章「若き日の JFK」、2章「大統領への道」

ケネディが大統領に就任した1960年代前半は、冷戦の真っただ中。米ソ両大国の緊張感は1962年10月の「キューバ危機」で頂点に達し、ケネディは核戦争の一歩手前まで追い詰められました。

この難局を乗り切ったケネディが、8カ月後にある大学の卒業式で行った演説が「平和の戦略」。世界に核実験禁止を呼びかけた演説としても知られています。会場には、演説当日の原稿も展示。ケネディは「世界中の人々のための平和…」という部分で、「for all men」の後に自筆で「and wowen」と書き加えています。


3章「ケネディ政権の1,037日」

そして、4章は「1963年11月22日」。ダラス空港からオープンカーでパレードを行っていた午後0時30分ごろ凶弾に倒れ、1時間後に死去が公式発表されました。

当日は、初の日米テレビ中継放送日。当初は録画されていたケネディのメッセージを放送する予定でしたが、事件を受けて急遽生中継でケネディ暗殺を報道。日本中が衝撃に包まれました。


4章「1963年11月22日」

最後の「JFKと日本」では、日本との関係について。ケネディは政権発足から半年後に池田首相を日本に招き、日米両国の関係を強化。自身も64年以降の訪日に向けて調整を進めていましたが、残念ながら大統領として日本に来る事はかないませんでした。

日本との関係という意味では、駐日米国大使に就任したケネディの長女、キャロライン・ケネディ氏があげられます。キャロラインはケネディが40歳、上院議員だった時に生まれ、4歳から6歳までホワイトハウスで過ごしました。

会場には幼いキャロラインと過ごすケネディの写真とともに、キャロラインがホワイトハウスのメモ帳に描いたクレヨン画も紹介されています。


5章「JFKと日本」

アメリカ・ボストンにあるジョン・F・ケネディ大統領図書館・博物館に残された貴重な資料が多数出品されていますが、国立公文書館の展示という事もあって、嬉しい事に入場は無料です。会期末はゴールデンウィークにかかりますので、早めの来館をおすすめいたします。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2015年3月5日 ]


 
会場
会期
2015年3月6日(金)~5月10日(日)
会期終了
開館時間
■展示(東京本館、つくば分館)
館HP等をご確認ください。
http://www.archives.go.jp/

■閲覧室
9:15~17:00
休館日
会期中無休
住所
東京都千代田区北の丸公園3-2
電話 03-3214-0621(代表)
03-3214-0621(代表)
公式サイト http://www.archives.go.jp/
料金
無料
展覧会詳細 「JFK-その生涯と遺産」展 詳細情報
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