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レポート
河井寬次郎と棟方志功  日本民藝館所蔵品を中心に
千葉市美術館 | 千葉県
刺激し合った、ふたりの歩み
1936年、柳宗悦(1889-1961)が民芸運動の拠点として東京・駒場に創設した日本民藝館。柳の思想に共鳴し、実践したのが陶芸家の河井寬次郎(1890-1966)と板画家の棟方志功(1903-1975)でした。日本民藝館の創設80周年を記念し、同館が所蔵する河井と棟方の作品を中心に紹介する展覧会が、千葉市美術館で開催中です。
(左から)河井寬次郎《青瓷耳付辰砂絵壺》1922(大正11) / 河井寬次郎《辰砂面取小壺 1922(大正11) / 河井寬次郎《碎紅芒目草花文花瓶》1920(大正9)頃 すべて河井寬次郎記念館
(右手前から)棟方志功《大和し美し 上巻》1936(昭和11) / 棟方志功《大和し美し 下巻》1936(昭和11) すべて日本民藝館
(左奥から)河井寬次郎《呉須刷毛目重筥》1939(昭和14) / 河井寬次郎《白掛点打角瓶》1939(昭和14) / 河井寬次郎《白掛彫絵葉文角扁壺》1939(昭和14) すべて日本民藝館
棟方志功《二菩薩釈迦十大弟子板畫柵》1939(昭和14)日本民藝館 (左から)《九 阿那律 天眼第一》《八 舎利佛 智慧第一》《七 富樓那 説法第一》《六 優婆離 持律第一》《五 大迦葉 頭陀第一》《四 阿難陀 多聞第一》
(上段左から)河井寬次郎《拓本「からだに灯ともす 全身にともす」》1950(昭和25)頃 / 河井寬次郎《拓本「此の世このまゝ 大調和」》1950(昭和25)頃 / 河井寬次郎《拓本「鳥がえらんだ枝 枝が待つてゐた鳥 寬」》1950(昭和25)頃 / (下段左奥から)河井寬次郎《白釉菱型面取扁壺》1942(昭和17) / 河井寬次郎《白地草花絵扁壺》1939(昭和14) / 河井寬次郎《呉洲鉄菱紋面取壺》1940(昭和15) / 河井寬次郎《飴釉丸笹花文六角盛器》1941(昭和16) すべて河井寬次郎記念館
(左から)河井寬次郎(詞)、棟方志功(板)《火の願ひ板畫柵 四》1947(昭和22) / 河井寬次郎(詞)、棟方志功(板)《火の願ひ板畫柵 三》1947(昭和22) ともに日本民藝館
棟方志功《茶掛十二ヶ月板画柵/茶韻十二ヶ月板画柵》1956(昭和31)日本民藝館 (左奥から)《美誕 十月》《侘助/椿 十一月》《基督 十二月》
河井寬次郎《木彫像》1950-58(昭和25-33)河井寬次郎記念館
展覧会はふたりが民芸と出会う前、それぞれのスタイルが確立する前から始まります。若い頃の河井寬次郎は、釉薬を使いこなす気鋭の陶芸家。鮮やかな作品は「国宝級」と評価されますが、異を唱えたのが柳宗悦です。李朝陶磁との出会いをきっかけに、朝鮮半島の暮らしに根ざした美を称えていた柳は、技巧に走る河井を激しく批判。後年は足並みを揃えた二人ですが、この頃はややギクシャクしていました。

一方の棟方志功は独学で油彩を修得。青森で活躍したものの帝展で苦戦し、川上澄生の版画を見たことがきっかけとなり、次第に版画への関心を深めていきます。

柳と河井の間を埋めたのは、江戸時代の素朴な仏像・木喰仏です。それまで軽視されていた木喰仏を柳は研究、それを見た河井は大きく心を動かされ、ふたりは一気に接近します。

そこに棟方が加わったのは、棟方の作品「大和し美し(やまとしうるはし)」から。古事記をテーマにしたこの巨大な作品を柳が見出し、開館準備が進む日本民藝館へ。柳から紹介された河井も驚嘆し、河井と棟方はすぐに理解しあったといいます。

河井は京都に戻る際、棟方を連れて行く事になり、自宅に「クマノコ ツレテ カヘル」と打電。京都ではともに神社をめぐり、棟方は河井から仏教の手ほどきを受けています。


1.「誕生歓喜」 / 2.日本民藝館と「クマノコ」

棟方といえば「ほとけ」をテーマにした作品が印象的です。河井からの影響で木喰仏に触れた事も、棟方にとっては大きな契機になっています。1939年に発表した《二菩薩釈迦十大弟子板畫柵》は、一見すると稚拙にも思える人体表現ながら、木版画ならではの特性を活かした力強い作品。戦後にサンパウロ・ビエンナーレで版画部門の最高賞を受賞する事になります。

展覧会には、河井と棟方の合作も出展されています。河井が詞を書き、棟方が描いた《火の願ひ板畫柵》。良く見ると、窯の絵の上に三人の人物が描かれており、左から河井、柳、濱田を現しています。


3.ほとけ / 4.『火の願ひ』

高い評価とは裏腹に、無位無冠の陶工としての生涯を貫いた河井寬次郎。文化勲章、人間国宝、芸術院会員に推挙されていますが、全て辞退。パリ万博やミラノ・トリエンナーレ国際陶芸展でのグランプリは、河井に無断で出品されたものでした。

後年の河井は作陶に留まらず、木彫や面まで手掛けています。有機的な形態には、河井の‘もの’に対する想いが込められています。

展覧会の最後は茶道具など。柳は日本の茶道について、朝鮮半島の雑器を用いた初期の茶人を称賛する一方、千利休らが確立した茶道を批判。特に和物茶碗は作為があるものとして嫌い、自然な高麗茶碗を好みました。河井が手がけた茶碗や、茶掛に用いる棟方の板画などが並びます。


5.いのち / 6.茶韻

世界レベルで高く評価された、板画家と陶芸家。ジャンルは異なるものの、棟方は河井を強く慕い「初めて先生とお称(よ)びする方を得ました」と称賛。河井も棟方の才能を認め、互いに影響を与え合う関係でした。

作品数も多い充実展ですが、巡回はせずに千葉市立美術館だけでの開催です。会期中は8月1日(月)のみ休館です。

[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2016年7月12日 ]

もっと知りたい棟方志功もっと知りたい棟方志功

石井 頼子 (著)

東京美術
¥ 2,160


■河井寬次郎と棟方志功 に関するツイート


 
会場
会期
2016年7月6日(水)~8月28日(日)
会期終了
開館時間
午前10時-午後6時 (入場は午後5時30分まで)
金曜日・土曜日は午後8時まで (入場は午後7時30分まで)
休館日
8月1日(月)
住所
千葉県千葉市中央区中央3-10-8
電話 043-221-2311
公式サイト http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2016/0706/0706.html
料金
一般 1,200円(960円)
大学生 700円(560円)
小・中学生、高校生無料

※( )内は前売券、団体20名以上、市内在住65歳以上の方の料金
※障害者手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料
展覧会詳細 河井寬次郎と棟方志功  日本民藝館所蔵品を中心に 詳細情報
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