19世紀のパリをはじめとする大都市では、多様な劇場が人々の生活に生彩を与えていました。画家たちもまた、公式の大劇場から庶民的あるいは実験的な小劇場、大衆娯楽のカフェ=コンセールまで足しげく通い、豊かな画題を引き出しています。
19世紀初めのロマン主義の時代、古典的な芸術規範を超克しようとしたドラクロワやシャセリオーは、シェイクスピアやゲーテの劇に感銘を受け、それらにもとづく版画連作を制作しました。実際の舞台効果と画家の想像力が融合したこれらの連作は、劇場ならぬ書斎での、紙上の観劇を可能とするものでした。
一方、レアリスムを代表するドーミエは、劇場という公共空間にこそ関心を寄せ、客席や舞台裏での人間喜劇をモチーフに、劇場の観相学ともいうべき風刺画を次々に発表しました。次世代のドガやトゥールーズ=ロートレックたちも、舞台袖での踊り子とパトロンの駆け引きや、どこか滑稽でもある演者の魅惑的な表情を捉え、劇場というトポスの明暗入り混じる現実を作品化しています。
劇場と画家をとりまく環境は、世紀末にさしかかるといっそう多様化しました。出版法の改正や多色刷りリトグラフ(石版画)技法の普及を背景に、劇場は画家と協働して広報印刷物を芸術の域に押し上げようと試みます。この動きのなか、街角で目を引く大胆な構図と色彩の劇場ポスターや、独創的な挿絵入りのプログラムが生み出されました。また19世紀半ばにドイツの作曲家ヴァーグナーが唱えた「総合芸術作品」の理念は、世紀末になると音楽界にとどまらず国際的な反響を巻き起こし、これに触発されたクリンガーらが、その楽劇や思想に呼応した作品を手がけました。さらに世紀転換期から20世紀初めには、フランスの舞台芸術におけるジャポニスムも興味深い局面を迎えています。
このように本展では、フランスを中心とする西洋画家たちの版画や素描に3点の絵画を加えたおよそ50の作品を通して、劇場をめぐる多彩なイメージの展開をたどります。ここに集う19人の画家たちのまなざしを借りながら、娯楽と芸術が混然一体となった近代都市の劇場文化を体感していただけたなら幸いです。
(公式サイトより)