太古から姿を変えずに水辺で生きてきたワニ。その生態や進化の過程、人との関わりには、いまなお多くの謎と魅力が残されています。
国立科学博物館では、このワニに焦点を当てた企画展が開催中。現生ワニの剥製や骨格標本、映像資料を通して、その多様な姿に迫るとともに、研究者による調査や標本保存の取り組みも紹介。
さらに、伝承や信仰、化石資料などから読み解く「ワニと人の歴史」、そして現代の保全に関する課題まで、幅広い視点でワニを捉えた構成です。

国立科学博物館 企画展「ワニ」会場
まずは、ワニの調査について。現代の研究者たちは、形態、生態、進化の道のりなど、さまざまな切り口からワニを研究しています。現生種を詳しく知ることは、絶滅した古代のワニ類や大型爬虫類の姿を読み解く手がかりにもなります。
骨格標本は、軟組織を取り除き、骨などの硬い組織のみを取り出して乾燥させたものです。皮や筋肉を取り除いた後、煮る、または水中・地中で白骨化させて製作します。ワニの標本として最も一般的な形態です。

シャムワニの骨格標本・皮標本
ワニ目の仲間は中生代白亜紀に水辺の捕食者として現れ、恐竜を絶滅させた大絶滅を生き延びて、世界各地へ広がりました。
現代に生息する爬虫類の中では比較的小さなグループですが、3科27種が多様な姿で各地の生態系に強い存在感を示しています。

国立科学博物館 企画展「ワニ」会場 ニューギニアワニ(剥製標本)
現生爬虫類は、有鱗類(トカゲ・ヘビ類など)、カメ類、ワニ類に大別されます。このうちワニ類は、他の爬虫類よりも鳥類に近い系統に属し、両者は恐竜類を含む「主竜類」という分類群を成します。
ワニ類と鳥類はいずれも、2心房2心室からなる心臓や複雑な構造の肺など、他の爬虫類には見られない特徴を共有しています。ワニ類は鳥類以外で唯一の主竜類の生き残りであり、恐竜化石の記録と比較することで、陸上脊椎動物がどのように進化してきたのかを具体的に理解することに繋がります。

国立科学博物館「ワニ」会場 マレーガビアル(剥製標本)
ワニは日本語では総称して「ワニ」と呼ばれますが、英語ではクロコダイル(Crocodile)、アリゲーター(Alligator)、カイマン(Caiman)、ガビアル(Gharial)など、分類群を反映した呼称が細かく分かれています。
これらはそれぞれクロコダイル科、アリゲーター科(アリゲーターとカイマン)、ガビアル科に対応しています。

国立科学博物館 企画展「ワニ」会場 アフリカクチナガワニ(剥製標本)
ワニは現生爬虫類の中でも最大級の大きさを誇ります。最大種であるイリエワニは、2011年にフィリピンで捕獲された「ロロン」という個体が、全長617センチ、体重1075キロを記録しました。
一方、最小種は全長2メートルほどのコビトカイマンやニシアフリカコガタワニで、最小とはいえ一般的な爬虫類と比べれば十分に大型です。

イリエワニ(頭骨標本)
ワニは卵生で、殻は鳥類と同じく炭酸カルシウムの硬い殻で覆われています。繁殖は年に1回で、草や泥を積み上げた塚状の巣、または地面に掘った巣に産卵します。
孵化した子ワニは特徴的な声で親を呼び、親は孵化の手助けや水場への移動をサポートします。種によっては、その後もしばらく親(多くはメス)が、子ワニを守りながら行動を共にします。

クチヒロカイマン(孵化幼体剥製標本)
江戸時代の巻物や本草書には、ワニが「鼉龍(だりゅう)」や「鱷魚(がくぎょ)」といった名前で登場します。こうした記録からは、当時の人々が稀に現れるワニに抱いた驚きや好奇心が伝わってきます。
また1800年代初頭の「龍絵巻物」には、国外産ワニの液浸標本とみられる描写も残されており、当時からワニが異国の珍しい生き物として注目されていたことがわかります。

『龍絵巻物』に記録されたワニ(1800年代後半)
ワニという生き物を多角的に捉えながら、その魅力と奥深さを実感できる展覧会。太古から続くその存在に触れることで、生物の進化や環境、そして人との関わりについて、あらためて考えるきっかけを与えてくれます。
(取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年11月25日)