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レポート
イケおじは不在でも ― 太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」(レポート)
太田記念美術館 | 東京都
主役ではない、浮世絵に描かれた「おじさん」に着目。新たな見え方を提示
おじさん描きのスペシャリスト・歌川広重をはじめ、北斎や国芳らの作品も
おじさんの表情や仕草に注目。江戸の人間模様を読み解く発見をぜひ会場で

中年男性、いわゆる「おじさん」。会社では人間関係に気をつかい、家庭では妻や子どもに煙たがられる。流行はとっくの昔に理解不能、いまでは話し相手は生成AIだけ ─ そんな人もいるかもしれません。

そんな「おじさん」をあえて主役に据えた展覧会が、太田記念美術館で始まりました。イケおじとは無縁の、浮世絵に描かれた等身大のおじさんたちに光を当て、その魅力を掘り下げていきます。


太田記念美術館 お正月は門松でお出迎え(開幕前日の内覧会時に撮影)
太田記念美術館 お正月は門松でお出迎え(開幕前日の内覧会時に撮影)


まず紹介されるのは、歌川広重が描いたおじさんたちです。広重は名所絵の中に、どこか人間味あふれる中年男性を数多く登場させ、画面に小さな物語を生み出しました。

《東海道五拾三次之内 奥津 興津川》では、人足たちが駕籠を担ぎ、川を渡っています。駕籠に乗るのは巨漢の力士で、その重みに耐える人足は必死な様子。

一方、後方で馬に乗る人物は楽しげな表情で、馬子は疲れたような面持ち。同じ場面に描かれたおじさんたちの対照的な姿がユーモラスです。


太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《東海道五拾三次之内 奥津 興津川》天保4〜7年(1833〜36)頃
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《東海道五拾三次之内 奥津 興津川》天保4〜7年(1833〜36)頃

太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《東海道五拾三次之内 奥津 興津川》天保4〜7年(1833〜36)頃(部分)
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《東海道五拾三次之内 奥津 興津川》天保4〜7年(1833〜36)頃(部分)


《東海道五十三対 二川》には、弥次郎兵衛と喜多八が夜中に厠へ向かう場面が描かれています。洗濯物を幽霊と勘違いし、腰を抜かす二人の姿が滑稽です。

本来は浜松宿の場面ですが、本作では二川宿に置き換えられています。上段には原作を読んで笑う女性が描かれ、物語世界と現実が重なり合う構成になっています。


太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《東海道五十三対 二川》天保14〜弘化3年(1843〜46)頃
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《東海道五十三対 二川》天保14〜弘化3年(1843〜46)頃


《木曽海道六拾九次之内 三拾 下諏訪》では、旅籠の一室で、旅人たちが浴衣姿のまま黙々と夕食をとっています。

宿の女性が飯をよそう様子から、旅の途中の安らぎの時間が伝わってきますが、注目は画面左奥。風呂を楽しむ男性の姿が、なんともいえぬ味わいです。


太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《木曽海道六拾九次之内 三拾 下諏訪》天保7〜8年(1836〜37)頃
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《木曽海道六拾九次之内 三拾 下諏訪》天保7〜8年(1836〜37)頃

太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《木曽海道六拾九次之内 三拾 下諏訪》天保7〜8年(1836〜37)頃(部分)
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《木曽海道六拾九次之内 三拾 下諏訪》天保7〜8年(1836〜37)頃(部分)


《江戸名所 すきやがしより日比外を見る》では、正月の門付芸である萬歳を披露する二人が、仕事を終えて満足げな表情。晴れやかな笑顔からは、新年らしい空気が感じられます。

左手には、羽子板遊びに興じる女性や子どもたちの姿も見られます。日比谷の正月風景を背景に、江戸の賑わいが生き生きと描かれています。


太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《江戸名所 すきやがしより日比外を見る》安政5年(1858)3月
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《江戸名所 すきやがしより日比外を見る》安政5年(1858)3月


続いて登場するのは、葛飾北斎が描いたおじさんたちです。北斎は広重と並ぶ名所絵の名手で、確かなデッサン力に裏打ちされた人物表現を特徴としています。

《諸国瀧廻り 和州吉野義経馬洗滝》は、源義経が馬を洗ったという伝説の滝を描いた作品で、滝の途中で、二人の男性が丁寧に馬の体を洗っています。穏やかな表情のおじさんと、身を委ねる馬の様子が微笑ましい一図です。


太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 葛飾北斎《諸国瀧廻り 和州吉野義経馬洗滝》天保5年(1834)頃
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 葛飾北斎《諸国瀧廻り 和州吉野義経馬洗滝》天保5年(1834)頃


次は、歌川国芳のおじさんです。武者絵や戯画で知られる国芳は、画面を埋め尽くす緻密な描写を得意としました。

《奪衣婆の願掛け》は、新宿の正受院に祀られる奪衣婆に、集まった参拝客を描いた作品。欲深な願いを聞かされ、呆れた表情を浮かべる奪衣婆と、表情豊かなおじさんたちの対比が、国芳らしいユーモアを生んでいます。


太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川国芳《奪衣婆の願掛け》嘉永2年(1849)頃
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川国芳《奪衣婆の願掛け》嘉永2年(1849)頃


続いて美人画や名所絵を得意とした、渓斎英泉のおじさんです。

《木曽街道薮原 鳥居峠硯清水》では、二人の旅人が、遠くに御嶽山を望みながら休憩中。峠の湧き水「義仲硯清水」の由来も、画中にさりげなく示されています。


太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 渓斎英泉《木曽街道薮原 鳥居峠硯清水》天保6〜7年(1835〜36)頃
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 渓斎英泉《木曽街道薮原 鳥居峠硯清水》天保6〜7年(1835〜36)頃


展覧会の最後は、大量のおじさんが登場する群衆図です。浮世絵では、行楽や芝居見物など、数多くの人物が描かれる場面が好まれました。

参詣者たちが禊をしたり、船で川を渡ったりする様子が描かれているのは、広重による《伊勢参宮宮川の渡し》。

団子を頬張るおじさんや白い犬の姿など、細部に目を凝らすほど発見が増え、自分だけの「推しおじ」を探す楽しみも広がります。


太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《伊勢参宮宮川の渡し》安政2年(1855)4月
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《伊勢参宮宮川の渡し》安政2年(1855)4月

太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《伊勢参宮宮川の渡し》安政2年(1855)4月(部分)
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場より 歌川広重《伊勢参宮宮川の渡し》安政2年(1855)4月(部分)


時代を超えて描かれたおじさんたちの姿は、現代を生きる私たち自身とも重なります。肩肘張らずに楽しみながら、浮世絵の中に息づく人間味を味わってみてはいかがでしょうか。

中山道広重美術館で好評を博した「浮世絵おじさんフェスティバル」のコンセプトをもとに、新たな視点と作品を加えて再構成された本展。会期は前期と後期に分かれており、前期は2月1日(日)まで、後期は2月5日(木)から開催されます。後期展にも、楽しいおじさんたちが登場しそうです。

[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年1月5日 ]

太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場
太田記念美術館「浮世絵おじさんフェスティバル」会場
会場
太田記念美術館
会期
2026年1月6日(Tu)〜3月1日(Su)
もうすぐ終了[あと4日]
開館時間
10時30分~17時30分(入館は17時まで)
休館日
1月13日、19日、26日、2月2-4日、9日、16日、24日
住所
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-10-10
電話 050-5541-8600(ハローダイヤル)
050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト https://www.ukiyoe-ota-muse.jp/ukiyo-e-ojisan-festival/
料金
一般 1000円 / 大高生 700円 / 中学生(15歳)以下 無料
展覧会詳細 浮世絵おじさんフェスティバル 詳細情報
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