現実には存在しないものの、人類が理想として思い描いてきた社会や世界を指す「ユートピア」。20世紀日本におけるユートピア思想の広がりと変容を、美術・デザイン・思想資料から読み解く展覧会が、パナソニック汐留美術館で開催中です。
西洋思想の受容から民藝運動、郊外コミュニティ、戦後の建築・デザインまでを横断的に紹介。絵画や建築図面、工芸作品を通して、「美しいユートピア」がいかに構想されてきたのかを問いかけます。

パナソニック汐留美術館「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」会場入口
第1章では、近代日本に理想社会の思想がもたらされる過程を紹介します。ジョン・ラスキンやウィリアム・モリスの思想は、20世紀の日本の知識人や芸術家に大きな影響を与えました。
『白樺』を中心とする動きは、西洋思想の受容にとどまらず、日本や東洋の過去を見つめ直す視点を育み、やがて柳宗悦らによる民藝運動へとつながっていきます。

パナソニック汐留美術館「美しいユートピア」会場より 第1章 ユートピアへの憧れ
第2章では、「民」を求める調査と実践に注目します。柳田國男の『遠野物語』を起点に、民俗学や民家調査が全国へと広がりました。
今和次郎や渋沢敬三らの活動は、失われつつある生活文化を記録し、未来へ継承する試みでした。周縁や国外へのまなざしは、もう一つのユートピア像を示しています。

パナソニック汐留美術館「美しいユートピア」会場より 第2章 たずね求める 周縁、国外でのフィールドワーク
第3章では、都市と住まいに託された理想を描きます。蔵田周忠(くらた ちかただ)による郊外住宅構想や、ブルーノ・タウトの美術工芸運動の影響は、生活と美の統合を目指すものでした。
池袋モンパルナスに集った画家たちや松本竣介の活動は、戦時下にあっても自律的な芸術を志し、戦後美術へとつながる重要な試みとなります。

パナソニック汐留美術館「美しいユートピア」会場より 第3章 夢みる 都市と郊外のコミュニティ

パナソニック汐留美術館「美しいユートピア」会場より 第3章 夢みる 都市と郊外のコミュニティ
第4章では、地域に根ざした実践を紹介します。山本鼎(やまもと かなえ)の農民美術運動は、生活と創作を結びつける具体的なユートピアのかたちでした。
宮沢賢治の「農民芸術」や、竹久夢二、ブルーノ・タウトの試みもまた、自然や地域に根ざした美の在り方を模索したものです。

パナソニック汐留美術館「美しいユートピア」会場より 第4章 試みる それぞれの「郷土」で

パナソニック汐留美術館「美しいユートピア」会場より 第4章 試みる それぞれの「郷土」で
第5章では、戦後日本における理想の再構築を描きます。井上房一郎による都市再生の実践は、芸術と建築による新たな公共性を示しました。
集落研究や記録活動は、保存と再生の視点からユートピアを問い直し、完成形ではない「揺らぐ理想」の姿を浮かび上がらせます。

パナソニック汐留美術館「美しいユートピア」会場より 第5章 ふりかえる/よみがえる ユートピアのゆくえ

パナソニック汐留美術館「美しいユートピア」会場より 第5章 ふりかえる/よみがえる ユートピアのゆくえ
会場では、蔵田周忠設計の最小限住宅《森銑三(もり せんぞう)邸(星芒書屋:せいぼうしゃおく)》をMRで再現する体験も用意されています。仮想空間で内部を歩くことで、建築家の理想を身体的に理解できます(日時限定)。
本展は、空想としてのユートピアではなく、実践として追い求められてきた理想の軌跡を描き出します。社会と美の関係を、あらためて考える機会となるでしょう。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年1月14日 ]