江戸時代の浮世絵において、花や鳥を主題とする花鳥版画は、自然への鋭い観察と洗練された構成力が発揮されたジャンルとして評価されてきました。
アメリカのロードアイランド・スクール・オブ・デザインが所蔵する、蒐集家アビー・オルドリッチ・ロックフェラーのコレクション形成の背景をたどりながら、日本の花鳥版画が海外でどのように受容されてきたのかを見渡すことができる展覧会が、千葉市美術館で開催中です。

千葉市美術館「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に」会場入口
若い頃から美術に親しんだアビー・オルドリッチ・ロックフェラーは、1916年から日本の花鳥版画を本格的に収集し始めました。当時、浮世絵はまだ高額な美術品ではありませんでしたが、彼女は役者絵や美人画ではなく、花鳥版画に強い関心を寄せます。
10年以上にわたり花鳥版画のみを慈しむように蒐集し続けた姿勢は、彼女ならではの審美眼を物語っています。

千葉市美術館「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に」会場より (左から)歌川広重《水葵に鴛鴦》天保3-6年(1832-35) / 歌川広重《紫陽花に川蟬》天保3-6年(1832-35)
江戸時代、浮世絵版画は庶民が絵を楽しむ文化を広げました。もともと上流層の主題だった花鳥画も、版画を通じて広く親しまれるようになります。
展覧会の冒頭では、天保期以前を中心に、花鳥版画がどのように成立し、受け継がれてきたのかを希少作例からたどります。

千葉市美術館「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に」会場より 無款(西村重長)《「かも」》享保中期(1716-36)頃
花鳥版画の分野で随一の制作量を誇るのが歌川広重です。ロックフェラー・コレクションでもその作品が多数を占めています。
とりわけ大短冊判の作品は、和漢の花鳥画の伝統を踏まえつつ、洗練された構成と色彩で高く評価されています。

千葉市美術館「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に」会場より 歌川広重《月下桃に燕》天保3-6年(1832-35)
葛飾北斎は版元・西村屋与八とともに、花鳥を主題とする揃物を刊行しました。動感ある筆致と濃厚な色彩は、現在も高い評価を受けています。
展覧会では北斎作品に加え、北斎派の絵師たちによる花鳥版画を通して、ジャンルとしての成熟も紹介されています。

千葉市美術館「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に」会場より 葛飾北斎《芥子》天保2-3年(1831-32)頃
団扇絵は、実用品として制作されながらも、高い芸術性を備えた版画です。夏の装いを彩る意匠として親しまれました。広重は多くの花鳥団扇絵を残しています。
本コレクションには広重をはじめさまざまな絵師による保存状態の良い作例が揃っています。

千葉市美術館「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に」会場より (左奥から)葛飾北斎《露草に鶏》天保3年(1832)頃 / 歌川国貞《杜鵑と月》文政11年(1828)
短冊判の花鳥版画には、俳諧などの讃が添えられ、詩と絵を併せて味わう文化が息づいています。
鑑賞者に寄り添う広重の表現は、穏やかな詩情とともに花鳥画の魅力を引き立てています。《月に雁》は、記念切手の図柄としても有名です。

千葉市美術館「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に」会場より 歌川広重《月に雁》天保3-6年(1832-35)頃
アビー・ロックフェラーは、浮世絵の中でも花鳥画を好んで収集した稀有な存在でした。その選択からは、自然への深い共感が感じられます。
小画面の花鳥画は、手に取って愛玩されたであろう親密な作品群として、本コレクションならではの魅力を伝えています。

千葉市美術館「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に」会場より 歌川広重《都鳥》天保4-5年(1833-34)頃
花鳥版画という静かな主題を通して、江戸の人々の自然観と美意識、そしてそれを見出した蒐集家のまなざしを浮かび上がらせます。
時代と国境を越えて受け継がれてきた版画の魅力を、あらためて実感できる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年1月16日 ]