長い冬と短い夏、澄んだ空気とやわらかな光に包まれた湖や森。スウェーデンの自然環境は、そこに暮らす人々の感性や美意識をかたちづくってきました。
そうした風土の中で育まれた19世紀末から20世紀にかけてのスウェーデン絵画を紹介する展覧会「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」が、東京都美術館で開催中です。スウェーデン国立美術館が全面協力、会場にはすべてスウェーデン人作家による作品、約80点が並びます。

東京都美術館「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」会場入口
スウェーデンでは1735年に王立素描アカデミーが設立され、のちに王立美術アカデミーへと発展しました。フランスに倣った教育が行われます。歴史や神話を主題とする伝統的な絵画が重視され、19世紀半ばまではドイツやフランスの様式が大きな影響力を持っていました。
19世紀の風景画では、ドイツ・デュッセルドルフ派の劇的な自然表現が手本とされ、多くの画家が同地で学びました。エードヴァッド・バリもその一人で、帰国後は次第に祖国の湖水地方の穏やかな自然へと題材を移していきます。

(左から)エードヴァッド・バリ《夏の風景》1873年(年記) / アルフレッド・ヴァールバリ《ヴァックスホルムの眺め》1872年(年記) ともにスウェーデン国立美術館蔵 「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展示風景、東京都美術館、2026年
1870年代、パリで活動したアルフレッド・ヴァールバリが戸外制作の理念を紹介し、新風を吹き込みました。明るい色彩と自由な筆致による風景は、若い世代に大きな刺激を与え、スウェーデン絵画の転換点となります。
1885年、アーンシュト・ヨーセフソンらは王立美術アカデミーに改革を求める意見書を提出しました。「オポネンテナ(反逆者たち)」と呼ばれた彼らは、のちのスウェーデン近代絵画を導く存在となります。

(左から)アーンシュト・ヨーセフソン《少年と手押し車》1880年 / アーンシュト・ヨーセフソン《スペインの鍛冶屋》1881年 ともにスウェーデン国立美術館蔵 「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展示風景、東京都美術館、2026年
展覧会には7名の女性画家の作品が出品されています。王立美術アカデミーでは1864年に女性課程が設けられ、講義は共学、実技は男女別という体制のもとで教育が行われました。
彼女たちは自らの意志でフランスへ留学し、アトリエの共有や手紙を通じて強いネットワークを築きました。職業画家として成功した人も多く、アンナ・ノードグレーンはパリへの留学を経てロンドンで活躍した画家です。

アンナ·ノードグレーン《車窓の女性》1877年(年記) スウェーデン国立美術館蔵
自然主義やレアリスムの影響を受けたスウェーデンの画家たちは、戸外制作を重視するようになり、バルビゾン派の画家たちにならってフランス各地に芸術家コミュニティを築きました。
彼らの重要な拠点となったのが、パリ近郊の村グレ=シュル=ロワンです。ここには各国の芸術家が集まり、スウェーデンの画家ではカール・ノードシュトゥルムらが本格的な滞在制作を行うようになりました。

(左から)カール・ノードシュトゥルム《画家の婚約者》1885年(年記) / カール・ノードシュトゥルム《グレ=シュル=ロワン》1885-1886年(年記) ともにスウェーデン国立美術館蔵 「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展示風景、東京都美術館、2026年
1880年代末になると、フランスで活動していた多くのスウェーデン人画家が帰国しました。最大の動機は、フランスで得た経験をもとに「スウェーデンらしい」新しい芸術を築こうとする志でした。
帰国後の画家たちは、家族や仲間との日常といった身近な情景を、親しみやすい表現で描くようになります。その象徴がカール・ラーションで、スウェーデンの国民的画家とされています。

カール・ラーション《カードゲームの支度》1901年(年記) スウェーデン国立美術館蔵
一方で、外界の再現よりも内面世界に目を向ける画家も現れます。神話や伝承は精神性を象徴する題材となりました。目に見えない感情や不安、幻想を描く試みは、北欧象徴主義へとつながっていきます。
アーンシュト・ヨーセフソンは精神的な不安定さの中で制作を続け、幻視のようなイメージを作品に投影しました。そこには個人的体験と民族的想像力が重なり合う、切実な表現が見て取れます。

アーンシュト・ヨーセフソン《水の精(ネッケン)》1882年 スウェーデン国立美術館蔵
1890年代以降、風景画は新たな段階へ進みます。森や湖、雪原など祖国の自然が改めて見つめ直されました。画家たちは各地を訪れ、その土地ならではの光や空気を通して感情や雰囲気を伝えようと試みます。
とくに、北欧特有の薄明の光は重要な役割を果たしました。強い陽光ではなく、淡く広がる光によって自然を描く表現は、スウェーデン絵画の大きな特徴となりました。

(左から)グスタヴ・フィエースタード《川辺の冬の夕暮れ》1907年(年記) / グスタヴ・フィエースタード《冬の月明り》1895年(年記) ともにスウェーデン国立美術館蔵 「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展示風景、東京都美術館、2026年
自然へのまなざしと日々の暮らしへの愛情が結びついたスウェーデン絵画の歩みは、時代を超えて今も新鮮です。
北欧の光がもたらす静かな感動を、じっくり味わえる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年1月26日 ]