フィンセント・ファン・ゴッホは、19世紀後半のフランスで活動し、印象派以後の新たな表現を切り開いた画家として知られています。そのゴッホを軸に、同時代の画家たちの作品とともに近代絵画の展開をたどる展覧会が、宇都宮美術館で開催されています。
会場にはゴッホの《跳ね橋》をはじめ、印象派およびその前後で活動した画家たちの作品が並び、光と色彩の変化を軸に19世紀後半の美術の流れを立体的に紹介していきます。

宇都宮美術館「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち ヴァルラフ=リヒャルツ美術館所蔵」会場入口
第1章「印象派以前」では、風景画が独立したジャンルとして成立していく過程が示されます。風景画はアカデミーによる序列のなかでは周縁的とされていましたが、戸外制作の広がりとともに新たな価値を獲得していきました。
イギリスのピクチャレスク趣味や鉄道網の発達を背景に、ノルマンディーなどの風景が画家たちの重要なモティーフとなっていきます。

第1章「印象派以前】
マネの《アスパラガスの束》は、簡潔な構成のなかに量感と質感を凝縮した静物で、晩年の到達点を示す一作です。太い筆致で描かれたモティーフが、画面に強い存在感を与えています。
高く購入したコレクターのもとに、マネは「束から一本抜けていました」として、アスパラガス1本の絵を届けたというユニークな逸話も伝わります。

エドゥアール・マネ《アスパラガスの束》1880年
第2章「バルビゾン派」では、身近な自然を理想化せずに描こうとした画家たちの動向に焦点を当てます。フォンテーヌブローの森を拠点に、戸外での制作を通じて自然観察に基づく表現が深められていきました。
都市化の進展とともに自然への関心が高まるなかで、こうした風景画は広く支持を得るようになります。

第2章「バルビゾン派】
ミレーの《横たわる裸婦》は、柔らかな光のなかに人体を置いた作品で、後年の農民画とは異なる初期の方向性を示しています。ロマン主義的な感覚と装飾性が画面に現れています。
主題転換以前の試行がうかがえ、画家の表現の幅を知る手がかりとなります。

ジャン=フランソワ・ミレー《横たわる裸婦》1846-47年
第3章「印象派」では、1874年の第1回展を起点とする革新が紹介されます。筆触や色彩によって光の印象をとらえる手法は、従来の絵画観を大きく揺さぶりました。
当初は批判を受けた表現も、個性の表出として評価され、近代美術の重要な転換点となりました。

第3章「印象派】
モネの《エトルタの浜辺の漁船》は、荒れる海と低い空をとらえた風景で、自然の一瞬の状態が的確に捉えられています。浜辺の要素が簡潔に配置され、土地の空気感が伝わります。
繰り返し同地を描いた画家の関心が、光や大気の変化への鋭い観察として表れています。

クロード・モネ《エトルタの浜辺の漁船》1883-84年
ルノワールの《縫物をするジャン・ルノワール》は、幼い子どもの姿を穏やかな筆致でとらえた作品で、日常の一場面に親密な視線が注がれています。柔らかな色調が温かな空気をつくり出しています。
家庭的な主題を通して、人物の存在感と情感が自然に表現されています。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《縫物をするジャン・ルノワール》1898年
第4章「ポスト印象派」では、印象派以後の多様な展開が示されます。セザンヌ、ゴーガン、ゴッホらは、それぞれ異なる方向から表現を深化させました。
外界の印象から内面的な感覚へと関心が移ることで、絵画は新たな段階へと進んでいきます。

第4章「ポスト印象派】
ゴーガンの《ブルターニュの少年》は、平坦な色面と明確な輪郭によって構成された画面で、装飾性の強い表現が特徴です。人物と自然が一体となった独特の空間が生まれています。
観察よりも構成と色彩を重視する姿勢が、後の展開を予感させます。

ポール・ゴーガン《ブルターニュの少年》1889年
ゴッホの《跳ね橋》は、本展の白眉。強い色彩対比とリズミカルな筆触によって、南仏の光を鮮やかに伝える作品です。橋と水辺のモティーフが画面に躍動感を与えています。
繰り返し描かれた主題を通して、自然を自らの感覚で再構成しようとする意志が表れています。

フィンセント・ファン・ゴッホ《跳ね橋》1888年
第5章「点描派」では、色彩を点として配置する科学的な手法が紹介されます。光の輝きと調和を同時に追求する試みが特徴です。
印象派の感覚的な筆触を発展させ、より構造的な表現へと展開しています。

第5章「点描派】
シニャックの《カポ・ディ・ノリ》は、補色対比を活かした鮮やかな色彩と安定した構図が特徴の風景です。点描による表現が画面に明るさと秩序をもたらしています。
直感と計算を両立させた手法により、独自の均衡が保たれています。

ポール・シニャック《カポ・ディ・ノリ》1898年
第6章「20世紀の色彩画家」では、フォーヴィスムやナビ派など、色彩を主軸とした新たな試みが展開されます。写実から離れ、色そのものが画面の中心となりました。
短期間ながらも強い影響を残し、その後の美術の方向性を決定づけます。

第6章「20世紀の色彩画家】
ドニの《ピンク色の教会、ティヨロワ》は、装飾的な色面と輪郭線によって構成された風景で、現実の再現を超えた象徴的な空間がつくられています。
色彩による画面構築という考え方が端的に示され、内面的な表現へとつながっています。

モーリス・ドニ《ピンク色の教会、ティヨロワ》1921年
ゴッホを軸に、印象派以前から20世紀初頭までの流れを通覧できる展覧会。個々の作品を味わうと同時に、表現の連なりを具体的に理解できる点も特徴といえます。
首都圏では東京に巡回せず、宇都宮美術館のみでの開催。一般1,200円という観覧料も含め、足を運ぶ価値が高い展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年4月18日 ]