写真、建築、舞台芸術など幅広い分野で活動を続ける現代美術作家・杉本博司(1948- )。その創作の原点にあるのが、デジタル時代の到来によって姿を消しつつある銀塩写真です。
代表シリーズから世界初公開作品までを通して、半世紀にわたり写真表現の可能性を追究してきた杉本の歩みと、「絶滅」というテーマをたどる展覧会が、東京国立近代美術館で開催中です。

東京国立近代美術館「杉本博司 絶滅写真」会場入口
展覧会は3章構成。第1章「時間・光・記憶」では、1970年代から続く杉本の代表的なシリーズを紹介します。写真とは何か、時間とは何かという根源的な問いが、初期から一貫して貫かれています。
「ジオラマ」は、自然史博物館の剥製展示を撮影したシリーズです。動かないはずの剥製が、写真の中では生きた動物のように見えるという逆説を通じて、写真が現実を作り出す装置であることを示しています。

東京国立近代美術館「杉本博司 絶滅写真」展示風景より 「ジオラマ」 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
「劇場」は、映画一本を上映開始から終了まで長時間露光で撮影したシリーズです。物語や映像は消え去り、スクリーンには真っ白な光だけが残されます。
スクリーンの光によって照らし出された劇場空間からは、かつての映画文化の記憶が浮かび上がります。すでに失われつつあった映画館への視線には、本展のテーマである「絶滅」の感覚も重なります。

東京国立近代美術館「杉本博司 絶滅写真」展示風景より 「劇場」 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
杉本を代表する「海景」は、海と空だけで構成されたシリーズです。画面は常に水平線で二分され、余計な要素は徹底して排除されています。
「原始人の見ていた風景を現代人も見ることができるのか」という問いから生まれた作品であり、時間を超えて人類の記憶へと接続する試みでもあります。

東京国立近代美術館「杉本博司 絶滅写真」展示風景より 「海景」 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
第2章「観念の形」では、人間の知性や想像力が生み出してきた造形に焦点が当てられます。古美術商としての経験も背景に、人間が形に託してきた思想や価値観を読み解くシリーズが並びます。
「建築」は、ル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエらによるモダニズム建築を撮影したシリーズ。意図的に焦点を外すことで、建築家の理念そのものを浮かび上がらせようとしています。

東京国立近代美術館「杉本博司 絶滅写真」展示風景より 「建築」 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
「スタイアライズド・スカルプチャー」は、日本の現代ファッションをテーマとしたシリーズです。衣服を人体と一体化した彫刻として捉え直し、その造形性を際立たせています。
身体という自然物と、衣服という人工物が融合した姿は、人間という存在そのものを再考させます。ファッションを通じて近代の価値観を問い直す試みともいえるでしょう。

東京国立近代美術館「杉本博司 絶滅写真」展示風景より 「スタイアライズド・スカルプチャー」 © Hiroshi Sugimoto, Object: © Christian Dior Couture collection, Paris
第3章「絶滅写真」では、本展のタイトルにもなったテーマが前面に現れます。化石となった太古の生物や、蝋人形になった歴史上の人物など、すでに失われた存在が作品の中に現れます。
「肖像」は、ロンドンのマダム・タッソー館の蝋人形を撮影したシリーズです。歴史上の人物と対面しているような感覚とともに、写真が持つ「時間を止める」という欲望も浮かび上がります。

東京国立近代美術館「杉本博司 絶滅写真」展示風景より 「肖像」 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
「放電場」は、銀塩写真の制作過程で生じる静電気の放電現象を作品化したシリーズです。暗室作業のなかでフィルムを傷つける厄介な現象を、杉本は作品の主題へと転換しました。
小さな雷のような光跡が画面に刻まれた作品群は、写真技術の偶然性と神秘性を感じさせます。銀塩写真というメディアそのものを見つめる、本展の締めくくりにふさわしい展示です。

東京国立近代美術館「杉本博司 絶滅写真」展示風景より 「放電場」 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
デビュー作「ジオラマ」から最新作までを通して見えてくるのは、写真を単なる記録ではなく、時間や記憶、存在そのものを考えるための装置として捉える杉本博司の一貫した姿勢です。
銀塩写真という技法そのものに向けられたまなざしも見どころ。写真とは何かを問い続けてきた作家の思索の軌跡を体感できる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年6月15日 ]