『アンパンマン』の生みの親として知られるやなせたかし(1919-2013)は、漫画家、詩人、絵本作家、イラストレーター、デザイナーなど、多彩な分野で活躍したクリエイターです。「人を喜ばせること」を人生最大の喜びと考え、その思いを数多くの作品に込めてきました。
世田谷文学館で開催中の「やなせたかし展 人生はよろこばせごっこ」では、原画約200点を中心に、漫画、詩、絵本、『アンパンマン』まで幅広い創作活動を紹介。初の大規模巡回展として、やなせたかしの創作の原点と、「人生はよろこばせごっこ」というメッセージの意味を見つめます。

世田谷文学館「やなせたかし展 人生はよろこばせごっこ」会場入口
やなせたかしは、漫画家、詩人、絵本作家など、さまざまな表現を通して94年の人生を歩みました。幼くして父を亡くし、戦争も経験したやなせは、「正義は逆転する」という現実と向き合い続けます。
その末にたどり着いたのが、「飢えた人に食べ物を分け与えることこそ、逆転しない正義」という考えでした。展覧会の冒頭では、その思想が育まれた人生と、「手のひらを太陽に」をはじめとする初期の創作を紹介します。

1章「やなせたかし大解剖」

1章「やなせたかし大解剖」
漫画家を志したやなせは、高知新聞社を経て上京し、広告漫画や新聞連載など幅広く活躍しました。ストーリー漫画全盛の時代のなかで、自らの表現を模索し続けます。
転機となったのは1967年、「ボオ氏」で週刊朝日マンガ賞を受賞したことでした。さらに『千夜一夜物語』で手塚治虫と仕事を共にした経験は、のちに数多くのキャラクターを生み出す礎となります。

2章「漫画 人とのつながり」

2章「漫画 人とのつながり」
やなせの作品には、幼少期を過ごした高知の風景や、優しさへの憧れが色濃く息づいています。詩や童謡の創作にも力を注ぎ、多くの作品を世に送り出しました。
また、詩集『愛する歌』や雑誌『詩とメルヘン』を通して、多くの読者や若い作家たちに影響を与えました。やなせにとって詩は、生涯を通じて大切な表現のひとつでした。

3章「詩 うたうように生まれる」

3章「詩 うたうように生まれる」
やなせは漫画と並行して物語の創作にも取り組みました。絵本でも童話でも詩でもある独自の物語世界を「やなせメルヘン」と称し、『やさしいライオン』や『チリンのすず』など、後の代表作につながるモチーフも、この時期に育まれました。
絵本づくりにも積極的に取り組み、「漫画家の絵本の会」の仲間たちとともに、新しい子どもの本の表現を追求。ここでは、やなせ作品の原点となる創作の種を見ることができます。

4章「絵本とやなせメルヘン」

4章「絵本とやなせメルヘン」
1973年に誕生した『あんぱんまん』は、自分の顔を食べさせて困っている人を助けるヒーローとして描かれました。その姿には、「逆転しない正義」という、やなせ自身の人生観が込められています。
絵本として人気を集めたアンパンマンは、1988年にテレビアニメ『それいけ!アンパンマン』となり、国民的作品へ。「アンパンマンのマーチ」は、東日本大震災の際にも多くの人々を励ます歌となりました。

5章「アンパンマンの誕生」

5章「アンパンマンの誕生」
創作活動の晩年も、やなせは歌手としてステージに立ち、イベントを企画するなど、多くの人を楽しませ続けました。その原動力となったのは、「人生最大の喜びは、人をよろこばせること」という変わらぬ信念でした。
アンパンマンだけでなく、漫画、詩、絵本、デザインなど、多彩な創作を通して届けられたやなせたかしのメッセージ。その歩みをたどることで、作品の奥に流れる優しさと強さをあらためて感じることができます。

エピローグ「人生はよろこばせごっこ」
『アンパンマン』だけでは語り尽くせない、やなせたかしの創作人生を原画や資料とともにたどる本展。戦争体験から生まれた「逆転しない正義」という思想が、漫画や詩、絵本へと結実していく過程を知ることで、誰もが知る作品の見え方も大きく変わります。
子どもから大人まで、それぞれの人生に響く「よろこばせごっこ」の精神に出会える展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年7月1日 ]
©やなせたかし(公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵