世界有数の日本美術コレクションが、この夏、東京へやってきました。
東京都美術館開館100周年を記念する「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱」は、約4万点に及ぶ大英博物館の日本コレクションから選び抜かれた名品を紹介する展覧会です。
歌麿、写楽、北斎、広重らの浮世絵版画をはじめ、円山応挙らによる屏風や掛軸、絵巻など、多彩な作品が一堂に集まります。

東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱」会場入口
展覧会は、プロローグ「大英博物館と『日本』をつないだ貢献者たち」からスタートします。
大英博物館の日本コレクションは、18世紀前半のハンス・スローンに始まり、19世紀半ば以降に大きく発展しました。収集家や学芸員たちの活動によって、日本美術を鑑賞するだけでなく、研究するための重要な基盤へと育っていきました。

プロローグ 大英博物館と「日本」をつないだ貢献者たち
第1章「花開く江戸絵画」では、土佐派、狩野派、円山派、四条派など、多彩な流派とジャンルが紹介されます。
大英博物館の日本絵画コレクションのなかでも特に充実しているのが江戸絵画です。日本ではあまり知られていない作家の優品も含まれ、海外コレクションならではの幅広さが感じられます。

第1章 花開く江戸絵画
桜井香雲《法隆寺金堂壁画 九号壁 模本》は、法隆寺金堂の「弥勒浄土図」を原寸大で写し取った作品です。元の壁画は7世紀後半に制作されましたが、1949年の火災によって大半が焼損しました。
本作は、英国外交官アーネスト・サトウの依頼で1880年に制作されたもの。2007年に大英博物館の収蔵庫内で所在が再確認されました。失われた壁画の姿を伝えると同時に、明治期に日本美術が海外へ紹介されていく過程を物語る貴重な模本です。

桜井香雲《法隆寺金堂壁画 九号壁 模本》明治13年(1880)5月
本展の大きな見どころのひとつが、海を越えて離れ離れになった襖絵の再会です。
これらの襖絵は、奈良県桜井市の談山神社にあった学頭屋敷「竹林坊」を飾っていたもの。明治維新後の神仏分離によって建物は棄却され、襖絵も各地へ散逸しました。
現在は大英博物館やシアトル美術館、個人コレクションなどに分かれて所蔵されていますが、本展では日本に里帰りし、約150年ぶりに一堂に集結。本来ひとつの空間を彩っていた襖絵を、まとまって鑑賞できる貴重な機会です。

(左から)狩野宗眼重信《秋冬花鳥図襖》桃山時代末~江戸時代初(17世紀初)大英博物館 / 狩野宗眼重信《春景花鳥図襖》桃山時代末~江戸時代初(17世紀初) 個人蔵

狩野宗眼重信《琴棋書画仙人図襖》シアトル美術館 桃山時代末〜江戸時代初(17世紀初)

狩野宗眼重信《名所風俗図襖(三保松原・清見寺)》シアトル美術館 桃山時代末〜江戸時代初(17世紀初)
狩野休栄《隅田川長流図巻》中巻は、隅田川沿いの景観を描いた絵巻です。
交通路として栄えた隅田川と周辺の風景が細やかに表され、江戸の都市景観を知ることができます。

狩野休栄《隅田川長流図巻》中巻 宝暦〜明和年間(1751–1772)大英博物館
《虎の子渡し図屏風》は、中国の故事を題材にした作品です。母虎と子虎たちの姿を巧みに配置し、故事の一場面を大画面の屏風へと展開しています。
画面全体には金地が施されており、応挙らしい動物表現とともに、華やかな仕上がりも目を引きます。

円山応挙《虎の子渡し図屏風》天明元〜2年(1781–1782)大英博物館
第2章「浮世絵 江戸の『いま』を映す万華鏡」では、江戸の都市文化とともに発展した浮世絵を紹介します。
流行の装い、歌舞伎、名所などを題材にした版画は、庶民にも広く親しまれ、当時の生活や価値観を映すメディアでもありました。

第2章 浮世絵 江戸の「いま」を映す万華鏡
鈴木春信《「風流江戸八景 浅草晴嵐」》に描かれているのは、浅草寺境内の楊枝屋で評判だった看板娘、お藤です。
実在の人気者を題材にすることで、錦絵が幅広い層へと広がっていった時代の空気が伝わります。

鈴木春信《「風流江戸八景 浅草晴嵐」》明和5年(1768)大英博物館
東洲斎写楽《「四代目岩井半四郎の乳人重の井」》は、写楽のデビュー作として知られる28枚シリーズのひとつです。
豪華な大判雲母摺で発表され、新人絵師とは思えない鮮烈な登場を印象づけました。

東洲斎写楽《「四代目岩井半四郎の乳人重の井」》寛政6年(1794)5月 大英博物館
歌川広重は、生涯に数多くの東海道シリーズを手がけました。なかでも代表作として知られるのが、いわゆる「保永堂版」の《東海道五拾三次》です。
シリーズの起点となる日本橋は、複数の版が知られています。《日本橋 朝之景》では、橋を渡る大名行列を正面から捉え、早朝の江戸の空気を表現。一方、図柄を改めた《日本橋 行列振出》では、橋詰に多くの行商人が描き加えられ、より賑やかな都市の姿が広がります。

(左から)歌川広重「東海道五拾三次之内 日本橋 行列振出」天保4〜6年(1833〜1835頃)大英博物館 / 歌川広重「東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景」天保4〜6年(1833〜1835頃)大英博物館
《文読む遊女》は、正装した遊女が手紙に目を落とす姿を描いた大作です。笹色紅をさした唇や大きく張り出した鬢などから、歌麿最晩年の作品と考えられています。
大きくずらした上着と打掛、前に垂らした帯など、華やかな装いも見どころ。遊女の姿を美しく捉えるだけでなく、細部にさまざまな読み解きの手がかりが込められた一幅です。

喜多川歌麿《文読む遊女》文化元~3年(1804–1806)頃 大英博物館
葛飾北斎《為朝図》は、曲亭馬琴作『椿説弓張月』の完結を祝って制作された作品です。
金箔や金泥、胡粉をふんだんに用い、物語の一場面を豪華な一幅へと仕立てています。

葛飾北斎《為朝図》文化8年(1811)大英博物館
江戸時代の日本で生まれ、海を渡った作品の数々。それらを守り、研究し、次世代へ伝えてきた人々の歴史まで含めて紹介するのが、本展の大きな魅力です。
海外で大切に受け継がれてきた名品を通して、江戸絵画の豊かさをあらためて味わえる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年7月24日 ]