「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」。日本三大随筆のひとつとして知られる、鴨長明の『方丈記』。災害や社会不安が続く時代を生きた長明は、人生の後半に一丈四方、わずか約9㎡の「方丈の庵」で暮らしました。
21_21 DESIGN SIGHTでは、この小さな建築を現代に呼び戻し、私たちの暮らしや生き方を考える展覧会が開催中。建築家の塚本由晴を展覧会ディレクターに迎え、建築家、デザイナー、美術家、企業など多彩な参加者が、それぞれの視点から現代の「方丈の庵」を構想しました。

21_21 DESIGN SIGHT 企画展「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」
まず冒頭で、田部井美奈による《回転する風景》が来場者を迎えます。本展のメインビジュアルは、『方丈記』に記された庵の要素を線や面に置き換えた立体構成と、そこに光を当てることで生じる影を、一点から透視した「風景」として平面に捉え直したものです。
《回転する風景》では、移動する光源によって刻々と変化するこの仕掛けを庵の中に閉じ込めています。二次元と三次元のあいだを、光と影によって浮かび上がらせる作品です。

田部井美奈《回転する風景》
「方丈の庵」は現存せず、本文には建物のおおよその寸法や建具、道具などが記されていますが、その記述だけで全体像を定めることはできません。ギャラリー1では『方丈記』に記された要素を手がかりに、鴨長明の庵を検証的に再現します。
ここでは本文に記された要素を原寸大で取り出し、記述に沿って配置。正解を示すのではなく、実在しないからこそ生まれる「余白」に目を向ける試みです。壁面では、写本や解説・翻訳本などから『方丈記』が時代を超えて読み継がれてきた軌跡も紹介されます。

《非実在空間としての方丈の庵》
ギャラリー2には、5組による作品が展示されています。最初は大室佑介+川長組による《物置小屋 移築計画》。小田原の海辺にあった物置小屋は、小説家・川崎長太郎にとって住まいであると同時に、執筆の場でもありました。
小説の描写、残された写真や資料、関係者の記憶をたどりながら、文学のなかに残された小屋を現実の空間へ「移築」します。窓の先に広がる相模湾の眺めや小屋の輪郭を通して、ひとりの作家が世の中との距離を測っていた、小さな住まいの姿が浮かび上がります。

大室佑介+川長組《物置小屋 移築計画》
小渕祐介+中村 純は、農村の風景に残されたFRP製の飼料タンク(サイロ)を利用しました。家畜の飼料を貯蔵・供給してきた容器を、人が最小限の条件で暮らすための住処へと反転させています。
暮らしに付加されてきた機能を削ぎ落とし、身体と自然の感覚を呼び覚ます考えを「建築のファスティング」(断食)として提示。縦横に姿勢を変え、時には歩き、音を響かせるタンクが、場所との関係を結び直します。

小渕祐介+中村 純《歩く方丈》
鴨長明は、災害や社会の変化を経験しながら、それらを見つめて書き残した観察者でもありました。江頭 慎はその視点を現代のロンドンへと移し、テムズ川の岸辺や、火災、再開発の記憶を残す場所などをたどります。
端材を使った手作りの装置で、吊るされたスクリーンに残像として投影。住むための小屋ではなく、都市の変化と記憶を見つめるための観測室として、方丈を捉えました。

江頭 慎《ロンドン方丈記 - Atlas / Afterimage》
2m26は、京都・京北の里山での暮らしに学び、自らの手で古民家の母屋と附属屋を改修し、馬、羊、鶏、犬のための実験的な小建築を作ってきました。
伝統工法を参照し、材料との対話を通して作り方や形を導く「Material with」をかかげながら、「眠る」ための小さな庵をつくりました。

2m26《living with》
時代や縮尺の異なる建築、人々の営みを、日本の伝統的絵画の様式を用いて緻密に描き、社会に潜在する微妙なズレを浮き上がらせてきた山口晃。絵画制作のなかで行ってきた事物への観察を、鴨長明の方丈の庵というコンセプトと結びつけました。
暮らすうえで避けることのできない心配ごとを引き受けながら、身を置くささやかな場所が立ち上がっています。

山口晃《螺庵》
中庭全体を使い、人と自然がせめぎ合う場として、方丈の庵を捉え直したのが《蓑庵 マウン庭》です。
人が住むことは、その場所の環境を少しずつ変えることであり、周囲の自然から見ればひとつの「攪乱」です。方丈の庵での鴨長明の暮らしも、薪を集め、水を引き、山を歩き、薬草を育てるなど、庵の内部だけで完結するものではありませんでした。

正田智樹+竹中工務店(亀田鈴香、小浦幸平、片山 遥)+veig(片野晃輔、西尾耀輔)《蓑庵 マウン庭》
小さな庵を出発点に、住むこと、自然との関係、都市の変化、他者との距離までを考え直す本展。会場に並ぶ「方丈」は、単に小さい建築を提案するものではなく、何を手放し、何を大切にして生きるのかを、それぞれ異なる方法で問いかけています。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年8月27日 ]