「夢二式美人」で知られる竹久夢二(1884–1934)。大正ロマンを象徴する画家ですが、その活動は絵画だけにとどまりませんでした。
雑誌の挿絵や詩、書籍の装丁、日用品のデザインなど、多彩な分野で活躍した夢二。東京国立近代美術館「竹久夢二 時代を創る表現者」では、約500点の作品・資料から、その幅広い仕事を振り返ります。

東京国立近代美術館「竹久夢二 時代を創る表現者」会場入口
第1章「夢二式のはじまり」では、独自の表現が生まれるまでをたどります。1901年、17歳で上京した夢二は、苦学しながら新聞や雑誌に絵や文章を寄せるようになりました。
親しみやすい絵で人気を集め、やがて細身の体つきと大きな目が特徴の「夢二式美人」を生み出します。従来の浮世絵とは異なる近代的な女性像は、若い人々の支持を得ました。

第1章「夢二式のはじまり」会場
《稲荷山》は、鳥居が並ぶ稲荷社の参道を歩く舞妓を描いた作品。扇や日傘、花かんざし、高いぽっくりなどが、華やかな雰囲気を添えています。
着物には波千鳥と兎の文様が描かれ、兎は小舟に乗った愛らしい姿。コマ絵を拡大したような柔らかな墨線にも、夢二らしさが表れています。

竹久夢二《稲荷山》明治末期~大正初期 夢二郷土美術館
第2章「夢二式のデザイン」では、千代紙や便箋、手拭い、浴衣、半襟、書籍や楽譜など、暮らしを彩った夢二のデザインを紹介します。
1914年には東京・日本橋に「港屋絵草紙店」を開店。自らデザインした品々を販売して人気を集め、店には恩地孝四郎や東郷青児ら若い芸術家も集いました。

第2章「夢二式のデザイン」会場
夢二のデザイン活動を代表する仕事のひとつが、1915年に創刊された「セノオ楽譜」です。1916年から約270点の表紙絵を手がけ、さまざまな美術の様式を取り入れました。
なかでも有名なのが、夢二自身が作詞した《宵待草》。1912年に発表した詩に多忠亮が曲をつけ、1918年に楽譜が刊行されました。叶わぬ恋を歌い、再版を重ねるほどの流行歌となりました。

(上段右端)《セノオ楽譜 No.106『宵待草』》竹久夢二作詩、多忠亮作曲 1921年(3版、初版1918年) 千代田区(龍星閣竹久夢二コレクション)
第3章「レトロモダンの創出」では、夢二が生み出した独自の美意識に注目します。近代化が進んだ明治末期から大正時代、人々の間には江戸時代への郷愁や異国文化への憧れも広がっていました。
夢二は、古いものと新しいもの、日本と海外の文化を取り入れ、懐かしさと新しさが共存する「レトロモダン」の世界をつくり出しました。

第3章「レトロモダンの創出」会場
代表作《黒船屋》は、表具師・飯島勝次郎の依頼で、東京・本郷の菊富士ホテルで制作されました。黄八丈の着物をまとった女性が黒猫を抱き、「黒船屋」と書かれた木箱に腰掛けています。
江戸情緒を感じさせながら、帯の緑色や襦袢のピンクと紫色にはモダンな色彩感覚が光ります。大きな手足や指先にも情感が宿り、黒猫には、結核で入院していた恋人・笠井彦乃への思いが重ねられていると考えられています。

竹久夢二《黒船屋》1919年 竹久夢二伊香保記念館
第4章「生活の美の理想郷を求めて」では、芸術と暮らしを結びつける夢二の理想を取り上げます。1923年の関東大震災後、夢二の人気は次第に下火になっていきました。
創作人形に取り組む一方、群馬県の榛名山に「榛名山美術研究所」の設立を構想。自然や手仕事を尊び、生活のなかに美を求めた夢二の思いが伝わります。

第4章「生活の美の理想郷を求めて」会場
《西海岸の裸婦》は、アメリカ滞在中に描いた油彩画。ロサンゼルスで親交を結んだ写真家・宮武東洋のもとに伝わった作品で、淡い桃色の肌と、身体の曲線に沿うような縞模様が印象的です。
背景の緑色、黄土色、青色は、カリフォルニアの山、大地、海を表すともいわれます。夢二が異国の地で本格的な裸婦像に挑んだ作品です。

竹久夢二《西海岸の裸婦》1931~1932年頃 夢二郷土美術館
第5章「着物と洋服のモダンガール」では、夢二が描いた女性たちの装いに注目します。大正末期から昭和初期、都市には新しいファッションを楽しむ「モダンガール」が登場しました。
夢二も、洋服に短い髪、西洋風の装身具をつけた女性や、流行のウェーブヘアで着物を着こなす女性を描きました。作品からは、移り変わる時代の女性像が浮かび上がります。

第5章「着物と洋服のモダンガール」会場
《四季の女》は、異なる季節を舞台にした女性像を六曲屏風に貼り合わせた作品。山梨県在住の支援者・渡辺義三の依頼で制作されました。
伝統的な装いの舞妓から、スキーを楽しむモダンな女性まで、多様な姿が登場します。六曲一双を予定していましたが、完成したのは半双のみ。夢二が描く女性像を集めた、絵集編のような作品です。

竹久夢二《四季の女》1929年 朝日町立ふるさと美術館
大正ロマンの画家として知られる夢二ですが、その仕事は絵画、出版、デザイン、生活文化と多岐にわたります。
時代の空気を捉え、人々の暮らしに新しい美しさを届けた夢二。約500点の作品と資料から、多彩な表現者としての姿が見えてくる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年10月22日 ]
※会期中展示替えあり [前期]11月23日まで[後期]11月25日から