ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841–1919)とポール・セザンヌ(1839–1906)。一方は印象派、もう一方はポスト印象派を代表する画家で、まったく異なる表現を追求していたように見える二人ですが、実は家族ぐるみの交流がありました。
現在、三菱一号館美術館では、オランジュリー美術館とオルセー美術館の協力により、両者の作品約50点を中心に構成された展覧会「ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠」が開催中です。

三菱一号館美術館「ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠」会場入口
ルノワールとセザンヌは、1874年の第1回印象派展以降、それぞれの表現を深化させていきました。ルノワールは筆触分割を離れ、線描を重視した優美で調和の取れた作風に、セザンヌは明るい色彩と幾何学的構成を追求する姿勢へと向かいます。
二人の友情は1860年代初頭から始まり、生涯続きました。晩年にはセザンヌ親子が病を患ったルノワールを見舞うなど、深い信頼関係が築かれていたことがうかがえます。

(左から)ポール・セザンヌ《青い花瓶》1889–1890年 オルセー美術館 / ピエール=オーギュスト・ルノワール《花瓶の花》1898年 オランジュリー美術館
《わらひもを巻いた壺、砂糖壺とりんご》は、セザンヌがよく描いた静物画で、わらひも装飾の砂糖壺が構図の中心。テーブルは傾いて見えるが、光と色彩で空間的に安定感があります。
一方のルノワール《桃》は、友人宅に滞在中に描かれたもので、実際に使われていた食器や背景の壁紙・布地が表現されている可能性があります。

(左から)ポール・セザンヌ《わらひもを巻いた壺、砂糖壺とりんご》1890–1894年 オランジュリー美術館 / ピエール=オーギュスト・ルノワール《桃》1881年 オランジュリー美術館
印象派の画家たちは、自然を忠実に観察する姿勢をコローやバルビゾン派から学び、郊外での戸外制作を行いました。モネは細かな筆致で風景の移ろいを表現しましたが、ルノワールとセザンヌは形態を保つ描き方を重視しました。
セザンヌの《赤い岩》は、故郷近くの放棄された採石場を描いた作品です。人の手の跡が残る岩や繁茂する植物を、一定の方向をもつ筆致で機械的に並置しています。

(右手前)ポール・セザンヌ《赤い岩》1895–1900年 オランジュリー美術館
《赤い屋根のある風景》は、セザンヌが印象派の画家カミーユ・ピサロとともにオーヴェール=シュル=オワーズに滞在した後に描かれた作品です。
空には軽やかな筆遣い、野原には長い筆致、葉には生き生きとした短く斜めの筆触、家には厚く重ねた絵具層と、対象ごとに筆致を巧みに使い分けています。

ポール・セザンヌ《赤い屋根のある風景(レスタックの松)》1875–1876年 オランジュリー美術館
ルノワールは、ブーシェの《水浴するディアナ》を見て女性の身体への関心を深め、柔らかく真珠のような肌を好んで描きました。これは、セザンヌの粗く力強い身体表現とは対照的です。
二人は風景画だけでなく人物画にも優れた作品を残し、身近な家族や友人を題材に、それぞれ独自の表現で人物の本質に迫ろうとしました。

(左から)ピエール=オーギュスト・ルノワール《風景の中の裸婦》1883年 オランジュリー美術館 / ピエール=オーギュスト・ルノワール《長い髪の浴女》1895年頃 オランジュリー美術館
ルノワールは、何かに集中する少女の姿を繰り返し描いています。
1890年代初頭、50代になった彼は政府から初の公的注文を受け、6点の大作に取り組みました。題材には、以前から描いてきた日常の少女たちを選び、ピアノを弾く姿に焦点を当てました。
展示されている《ピアノの前の少女たち》は、背景が簡略に描かれていることから、初期の習作と見られます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ピアノの前の少女たち》1892年頃 オランジュリー美術館
セザンヌの《庭のセザンヌ夫人》は、ドレス姿の夫人が椅子に座り、ガーデンテーブルにもたれる様子を描いた作品です。
背景の草木は青や緑の大きな筆致で描かれ、同じ色が夫人の手や顔にもわずかに使われています。カンヴァスの一部に下地の白が見えており、筆致や制作の痕跡が強調され、絵の物質性が際立っています。

ポール・セザンヌ《庭のセザンヌ夫人》1880年頃 オランジュリー美術館
印象派の画家たちは静物画にも新しい表現を取り入れました。ルノワールは柔らかな筆致と豊かな色彩で花や器を優雅に描いており、陶磁器職人としての経験も生かされています。セザンヌは、色と形の関係に注目し、りんごを象徴的なモティーフとして複数の視点や幾何学的構図を用いた実験的な静物画を展開しました。
ルノワール《チューリップ》には、陶磁器の絵付け職人としての経験がうかがえる質感や色彩への繊細なまなざしが表れています。

(左手前)ピエール=オーギュスト・ルノワール《チューリップ》1905年頃 オランジュリー美術館
ポール・セザンヌ《スープ鉢のある静物》には、背景の左側にピサロの風景画《ジゾー通り、ガリアン神父の家》が描かれています。この風景は、ピサロの《ポール・セザンヌの肖像》にも登場しており、両者の親密な芸術的交流を示しています。
この作品では、セザンヌが印象派的な明るい色調や細やかな筆遣いを用いながら、独自の静物画の方向性を模索していたことが感じられます。

(右手前)ポール・セザンヌ《スープ鉢のある静物》1877年頃 オルセー美術館
ルノワールとセザンヌは、古典とモダンを併せ持つ存在として、20世紀の画家たちに大きな影響を与えました。ピカソは両者の作品を所蔵し、セザンヌからはキュビスムのヒントを、ルノワールからは古典回帰のきっかけを得ました。
また、彼らの作品はモダン・アートのコレクターたちにより収集され、20世紀美術の発展を方向づける存在となりました。
異なる道を歩みながら、互いに学び、影響し合った二人。展覧会はミラノ、マルティニ(スイス)、香港を巡回し、三菱一号館美術館が日本で唯一の開催地です。お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年5月28日 ]