日本美術への関心が高まり、多くの展覧会が開催されるなど、“日本美術ブーム”ともいえる盛り上がりを見せています。しかしその一方で、まだ広く知られていない作家や作品が数多く存在しています。たとえば伊藤若冲も、2000年に京都国立博物館で開催された展覧会をきっかけに注目を集めるまでは、一般にはほとんど知られていませんでした。まさに「知られざる鉱脈」といえる存在だったのです。
縄文時代から近現代に至るまで、そうした未発見の「美の鉱脈」を掘り起こし、未来の国宝として紹介しようという野心的な展覧会が、大阪中之島美術館で開催されています。

大阪中之島美術館「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」会場入口
展覧会の序盤では、今では日本美術ブームを象徴する存在といえる伊藤若冲をはじめ、辻惟雄氏の名著『奇想の系譜』で注目された曽我蕭白、岩佐又兵衛などの作品も展示。日本美術の中に潜んでいた異彩がどのように発見され、人気を集めるようになったかをひもときます。
![大阪中之島美術館「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」会場より 第1章「若冲ら奇想の画家たち」 (右手前)長沢芦雪《大黒天図》天明6〜7年(1786〜1787)福田美術館[展示期間:6/21〜7/27]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/06/21/539b8f4271c4_l.jpg)
第1章「若冲ら奇想の 画家たち」 (右手前)長沢芦雪《大黒天図》天明6〜7年(1786〜1787)福田美術館[展示期間:6/21〜7/27]
伊藤若冲《竹鶏図屏風》と円山応挙《梅鯉図屏風》は、近年の研究で明らかになった新発見の合作です。画面に施された金箔の質や貼り方も完全に一致しており、ある発注者が一対の金屏風を用意し、若冲と応挙にそれぞれ画題を指定して制作を依頼したと考えられます。
同時期に京都で活躍したふたりですが、両者による合作が見つかったのは初めて。まさに奇跡といえる出会いであり、日本美術史に新たな光を投げかける貴重な成果です。
![大阪中之島美術館「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」会場より 第1章「若冲ら奇想の画家たち」 (左から)伊藤若冲《竹鶏図屏風》寛政2(1790)年以前[全期間展示] / 円山応挙《梅鯉図屏風》天明7(1787)年[全期間展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/06/21/44b429497bfc_l.jpg)
第1章「若冲ら奇想の画家たち」 (左から)伊藤若冲《竹鶏図屏風》寛政2(1790)年以前[全期間展示] / 円山応挙《梅鯉図屏風》天明7(1787)年[全期間展示]
同じく若冲の《釈迦十六羅漢図屏風》は、かつて存在が確認されていたものの、戦災により焼失したとされる幻の作品です。現在に伝わるのは、ごく小さな白黒図版のみで、その全貌は長らく謎に包まれてきました。
今回の展覧会では、その貴重な図版をもとに、最新のデジタル技術と若冲研究に基づく学術的知見を融合させ、屏風全体の復元に挑戦しました。若冲特有のモザイク的な構成や、精緻な描写の魅力を可能な限り再現しています。
![大阪中之島美術館「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」会場より 第1章「若冲ら奇想の画家たち」 伊藤若冲《釈迦十六羅漢図屏風》デジタル推定復元 2024年 TOPPAN株式会社[全期間展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/06/21/2e14b42af62a_l.jpg)
第1章「若冲ら奇想の画家たち」 伊藤若冲《釈迦十六羅漢図屏風》デジタル推定復元 2024年 TOPPAN株式会社[全期間展示]
続いて、室町時代の知られざる才能に光を当て、時代の中で異彩を放った水墨表現の魅力を探ります。
現存作品がわずか10点ほどとされる霊彩は、明兆の弟子でありながらその生涯はほとんど謎に包まれています。同様に、伝記や生没年すら明らかでない式部輝忠も、そのシャープな筆致と独特の構成力で注目される絵師の一人です。
![大阪中之島美術館「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」会場より 第2章「室町水墨画の精華」 (左から)式部輝忠《梅樹叭々鳥龱屏風》室町時代(16世紀)[全期間展示] / 式部輝忠《韃靼人狩猟図屏風》室町時代(16世紀)国(文化庁保管)[展示期間:6/21〜7/27]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/06/21/5cf73bb4fd4d_l.jpg)
第2章「室町水墨画の精華」 (左から)式部輝忠《梅樹叭々鳥龱屏風》室町時代(16世紀)[全期間展示] / 式部輝忠《韃靼人狩猟図屏風》室町時代(16世紀)国(文化庁保管)[展示期間:6/21〜7/27]
15~16世紀、日本では世界に先駆けて“幼稚美”ともいえるイノセントな表現が愛されるようになりました。素朴絵は、技巧を超えた独自の味わいを持ち、日本美術のオリジナリティを象徴するスタイルのひとつといえます。
ここでは、江戸時代の禅僧・白隠慧鶴による禅画などを紹介。独学で書画を学び、1万点以上の作品を遺した白隠は、その自由奔放な作風によって、曽我蕭白や長沢芦雪ら“奇想の画家”たちにも影響を与えました。
![大阪中之島美術館「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」会場より 第3章「素朴絵と禅画」 (左から)白隠慧鶴《南無地獄大菩薩》江戸時代(18世紀)大阪中之島美術館[全期間展示] / 白隠慧鶴《大黒天鼠師槌子図》江戸時代(18世紀)大阪中之島美術館[全期間展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/06/21/e921cb19fa1a_l.jpg)
第3章「素朴絵と禅画」 (左から)白隠慧鶴《南無地獄大菩薩》江戸時代(18世紀)大阪中之島美術館[全期間展示] / 白隠慧鶴《大黒天鼠師槌子図》江戸時代(18世紀)大阪中之島美術館[全期間展示]
明治から大正にかけて、日本画・洋画の両分野で、大胆でスケールの大きな歴史画が数多く制作されました。続く4章では、日本神話を油彩で描いた原田直次郎や、旧約聖書を日本画で表現した落合朗風など、ジャンルを横断する斬新な表現が並びます。
日本画と洋画が交錯し、互いに刺激を与え合いながら展開されていきました。
![大阪中之島美術館「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」会場より 第4章「歴史を描く」 (左から)菊池容斎《呂后斬戚夫人図》天保14年(1843)静嘉堂文庫美術館[展示期間:6/21〜7/6] / 菊池容斎《阿房宮》天保年間(1830〜44)静嘉堂文庫美術館[展示期間:6/21〜7/6]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/06/21/10e957fece0f_l.jpg)
第4章「歴史を描く」 (左から)菊池容斎《呂后斬戚夫人図》天保14年(1843)静嘉堂文庫美術館[展示期間:6/21〜7/6] / 菊池容斎《阿房宮》天保年間(1830〜44)静嘉堂文庫美術館[展示期間:6/21〜7/6]
続く5章では、茶の世界に着目。利休が追求した美意識や空間哲学に迫ります。
利休が創出した黒楽茶碗「俊寛」は、コンセプチュアルアートの先駆けといえる存在です。その思想に呼応する作品として、現代美術家の加藤智大と山口晃による「もっとも重い茶室」と「もっとも軽い茶室」という対極の空間が提示されます。
![大阪中之島美術館「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」会場より 第5章「茶の空間」 (右手前)加藤智大《鉄茶室徹亭》平成25年(2013)[全期間展示] / (左奥)山口 晃《携行折畳式喫 茶室》平成14年(2002)[全期間展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/06/21/4bd4bc538467_l.jpg)
第5章「茶の空間」 (右手前)加藤智大《鉄茶室徹亭》平成25年(2013)[全期間展示] / (左奥)山口 晃《携行折畳式喫 茶室》平成14年(2002)[全期間展示]
展覧会で最もボリュームがあるのが、続く6章。狩野一信、不染鉄、牧島如鳩ら、いま再評価の機運が高まる個性派作家たちが紹介されています。
常識にとらわれない表現で独自のスタイルを確立した彼らの作品は、時代の変わり目にあってなお強烈な存在感を放ちます。あわせて、近年注目を集めている明治工芸の名品も多数展示。技巧と創意が結晶したその美は、近代日本のもうひとつの輝きを伝えています。
![大阪中之島美術館「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」会場より 第6章「江戸幕末から近代へ」 (左から)牧島如鳩《魚籃観音像》昭和27年(1952)足利市民文化財団[全期間展示] / 牧島如鳩《恵》昭和41年(1966)足利市民文化財団[全期間展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/06/21/c77e21360e16_l.jpg)
第6章「江戸幕末から近代へ」 (左から)牧島如鳩《魚籃観音像》昭和27年(1952)足利市民文化財団[全期間展示] / 牧島如鳩《恵》昭和41年(1966)足利市民文化財団[全期間展示]
世界各地で土器文化が栄えた中でも、縄文土器の造形は群を抜いた多様性と豊かさを誇ります。最後の章では、火焔型土器とは異なるタイプの縄文土器に焦点を当て、うねるような文様がリズミカルかつエレガントに調和する表現の美が目を引きます。
さらに、その造形力にインスパイアされた現代作家による作品も展示し、数千年の時を越えて現代に生きる縄文のスピリットを提示します。
![大阪中之島美術館「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」会場より 第7章「縄文の造形、そして現代美術へ」 西尾康之《アルファ・オメガ》令和7年(2025)[全期間展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/06/21/6a6def80a76d_l.jpg)
第7章「縄文の造形、そして現代美術へ」 西尾康之《アルファ・オメガ》令和7年(2025)[全期間展示]
時代やジャンルを超えて、日本美術のあらゆる領域に眠っている「知られざる鉱脈」。私たちが美の価値をどのように見出し、更新していくかを問いかけてくるような展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年6月20日 ]