ハイジュエリー メゾンとして世界的に知られるヴァン クリーフ&アーペル。その技術力とデザイン性は高く評価され、1925年に開催された「アール・デコ博覧会」では宝飾部門でグランプリを受賞しました。
今年はそのアール・デコ博覧会からちょうど100周年にあたります。ヴァン クリーフ&アーペルが歩んできた歴史と、アール・デコとの深い関わりを振り返る展覧会が、東京都庭園美術館で開催されています。

東京都庭園美術館「永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル — ハイジュエリーが語るアール・デコ」会場入口
第1章「アール・デコの萌芽」では、第一次世界大戦前から現れ始めたアール・デコ様式に焦点を当てます。先行するアール・ヌーヴォーが曲線的で装飾性の高い美学だったのに対し、アール・デコは直線的でシンメトリーな構成や、強い色彩のコントラストが特徴。1925年にパリで開かれた「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」にはヴァン クリーフ&アーペルも参加し、革新的な作品を発表しました。
エメラルド、オニキス、ダイヤモンドを組み合わせた1919年の作品群は、初期のアール・デコ美学を示す重要な例です。シンメトリーと簡潔さを強調したブレスレットやリングは、当時のメディアでも高い評価を得ました。

第1章「アール・デコの萌芽」

イヴニングバッグ 1924年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
1924年に制作された《絡み合う花々、赤と白のローズ ブレスレット》や、翌年の《ローズ ブローチ》は、18世紀の図像とアール・デコを融合させた革新的な作品です。《絡み合う花々、赤と白のローズ ブレスレット》は1925年の博覧会で展示され、グランプリを受賞。メゾンの知名度を国際的に高める契機となりました。

絡み合う花々、赤と白のローズ ブレスレット 1924年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
第2章「独自のスタイルへの発展」では、1920年代後半からの変化に着目。この時代には18〜19世紀の参照から離れ、力強い浮き彫りや立体感のある作品が増えていきました。台座よりも宝石そのものを主役とするデザインが主流となり、幾何学的モチーフが強調されていきました。
1928年以降は短いネックレスや変形可能なデザインなど、ファッションからの影響を受けた新しいスタイルも登場します。大胆な色彩とフォルムは「狂騒の20年代」の末期を象徴し、その流れは1930年代半ばまで続きました。

第2章「独自のスタイルへの発展」展示風景、東京都庭園美術館 本館 喫煙室

コルレット 1928年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
第3章「モダニズムと機能性」では、1929年の世界恐慌を背景に、メゾンがモダニズム的な方向へと転換した姿を紹介しています。新しい合金や装飾石を積極的に取り入れ、シンプルで機能的なデザインが生まれました。
その代表例が「ピンのないブローチ」として知られる《セルクル ブローチ》や、多機能ケース《ミノディエール》です。これらは特許も取得し、実用性と美を兼ね備えた作品として人気を博しました。困難な時代にあっても革新を続けたことが、メゾンを危機から救い出しました。

第3章「モダニズムと機能性」

第3章「モダニズムと機能性」カメリア ミノディエール 1938年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
新館で披露されている第4章「サヴォアフェールが紡ぐ庭」では、メゾンの職人技と自然への着想に基づく表現が紹介されています。「金色に輝く花園」では、ゴールドの多様な加工法を駆使して自然を詩的に表現した作品群が並びます。
また「形を変える自然」では、分解・変形できるジュエリーが取り上げられています。花や植物のモチーフを通じて、自然の変容性と柔軟さを象徴的に表しました。「咲き誇るミステリーセット」では、1933年に特許を取得した革新的な石留め技法が紹介され、ルビーやサファイアが鮮やかに輝きます。

第4章「サヴォアフェールが紡ぐ庭」内「金色に輝く花園」展示風景

第4章「サヴォアフェールが紡ぐ庭」内「形を変える自然」展示風景 (左から)《パス パルトゥー ジュエリー》《パス パルトゥー シークレット ウォッチ》ともに1939年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

第4章「サヴォアフェールが紡ぐ庭」内「咲き誇るミステリーセット」展示風景
「華やぐエナメル」では、色と光の効果を巧みに活かした職人技を紹介。伝統的な焼成技法やプリカジュール エナメル技法を駆使して、自然のモチーフを鮮やかに再現しました。最後の「いのちを紡ぐ形と幸運」では、木彫やグリプティック技法による色彩豊かな動植物モチーフが展示されており、自然を讃えるヴァン クリーフ&アーペルの美意識が感じられます。

第4章「サヴォアフェールが紡ぐ庭」内「華やぐエナメル」展示風景

第4章「サヴォアフェールが紡ぐ庭」内「いのちを紡ぐ形と幸運」より パピヨン クリップ 1971年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
ヴァン クリーフ&アーペルの作品には、アール・デコを出発点にしながらも、時代ごとの美意識や技術革新が息づいています。
100年にわたる創造の軌跡をたどるとともに、メゾンが築いてきた独自の美学を体感できる貴重な展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年9月26日 ]