米国ボカラトン美術館をはじめ世界各都市を巡回し高い評価を得てきた、ペルー政府公認の「マチュピチュ展」が、ついに日本に上陸。リマのラルコ博物館が所蔵する約130点の貴重な文化財を紹介する展覧会が始まりました。

世界遺産マチュピチュを現代技術で再現した没入型空間も展開され、古代アンデス文明の叡智と美を多角的にご体感いただける展覧会が、森アーツセンターギャラリーで開催中です。

森アーツセンターギャラリー「マチュピチュ展」会場入口

古代ペルーの人々は、彼らの世界観を伝える豊かな視覚資料を、造形物として残しました。芸術家や職人たちは、共同体の物語や信仰の図像、形、象徴を、木材、石、金、銀、布、陶器など、様々な素材に描き、彫刻し、形づくっていったのです。

階段は多層になっている神殿の空間をつなぐ重要な役割を果たしていました。広々とした基壇は、すべての人に開かれていましたが、上層の至聖所に入って直接神々と交流できるのは、神官、巫女、政治的指導者たちに限られていたといいます。

（左上から時計まわり）《階段状のピラミッド型神殿》《つながりの象徴》《螺旋模様の耳飾り》《螺旋状の象徴を配した三角形の階段》（西暦100年～800年）（ラルコ博物館）　©MUSEO LARCO LIMA - PERU

「アンデスのドラゴン」とも呼ばれる神話上の生き物は、4,000年以上前のものを含む多くの図像に登場します。

この生き物の驚くべき超自然的な力は、鳥が象徴する天上界＜ハナン・パチャ＞、ジャガーが象徴する地上界＜カイ・パチャ＞、ヘビが象徴する地下界＜ウク・パチャ＞というアンデスの3つの世界すべてとつながっていると信じられていました。また、月との関係を通じて、内なる世界とも結びついていたのです。

《神話上の動物を表現した彫刻》モチェ文化（西暦100年～800年）（ラルコ博物館）　©MUSEO LARCO LIMA - PERU

指導者たちは、共同体、神々、祖先の三者を取り持つ存在と見なされていました。儀礼や祭礼では、精神の変容を引き起こす向精神性植物の助けを借りて、これらの世界を行き来したとされています。

展示されている《シャーマンの変容》は、動物の超自然的な力を取り入れることで、異なる世界を行き来しています。シカの耳と鼻から伸びるヘビを備えた人間の顔は、ジャガーの顔へと変貌し、超自然的な融合体となる様子が表現されています。

《シャーマンの変容》クピスニケ文化（紀元前1250年～100年）（ラルコ博物館）　©MUSEO LARCO LIMA - PERU

古代ペルーでは、世界は相反する力によって動かされていると考えられており、それらは互いに補完し、依存し、そしてあらゆる場所に存在します。例えば、男性と女性、昼と夜、太陽と月、生と死などの対照的な要素が挙げられます。

男性と女性の結合から放出された体液は、大地を潤して肥沃にし、作物の再生やあらゆる生命の継続を保証していました。

（左から）《祖先的存在間の性交》《祖先的存在間の自慰》ともに サリナール文化（紀元前500年～西暦300年）（ラルコ博物館）　©MUSEO LARCO LIMA - PERU

アイ・アパエックは、モチェ文化において、多くの土器や壁画に描かれた神話的存在です。太陽が沈んだ時、彼は自分の土地が永遠に暗闇に包まれてしまうのではないかと恐れ、太陽を取り戻すためにアンデスの生と死の循環を象徴する旅に出ます。

3つの世界を旅した彼は、手強い課題に直面し、命を失いますが、生まれ変わって故郷に帰り、生命の継続を確実なものにしたのです。

《アイ・アパエックの顔を表した埋葬用仮面》モチェ文化（西暦100年～800年）（ラルコ博物館）　©MUSEO LARCO LIMA - PERU

アイ・アパエックの生涯は、数多くのストーリーで彩られています。その一つとして、水辺で海の入り口を守る番人であるカニと戦う物語があります。この戦いの報酬として、カニは彼に強靭で硬い脚の力を授けました。

カニに姿を変えたアイ・アパエックは、その超自然的な力を呼び起こして岩や砂を上り、水中を歩き、太陽を追って海の内なる世界へと入っていきます。

（左上から時計回り）《カニの姿をしたアイ・アパエック》《カニと戦うアイ・アパエック》《カニのモチーフの鼻飾り》すべて モチェ文化（西暦100年～800年）（ラルコ博物館）　©MUSEO LARCO LIMA - PERU

展示されている装具（レガリア）の見事な出来栄えは、戦士たちの高い地位と神々とのつながりを強調しています。

このような貴重な装身具を身ににつけることができたのは、特権階級のみでした。

《戦士の兜》《戦士の耳飾り》《ロープを持つ男性を表した鼻飾り》《貝殻の「放射状」首飾り》《金箔装飾を施された戦士のシャツ（復元品）》《戦士の王杖形儀礼刀》《戦士の尾てい骨の防具》すべて モチェ文化（西暦100年～800年）（ラルコ博物館）　©MUSEO LARCO LIMA - PERU

敗北し捕虜となった戦士の役割は、生贄となって神々の怒りと予測不能な自然の力を鎮めること。最大の目的は、この戦士たちを神々に供物として捧げて秩序と共同体の健全性を保つことにありました。

勝者は捕虜となった敗者から、その身分の高さを示すわずかな装飾品だけを残して衣類をはぎ取ります。戦利品として武器を奪われ、頭を剃られた捕虜たちは、それまでのアイデンティティーを剥奪されました。

《裸体の捕虜戦士の行列》モチェ文化（西暦100年～800年）（ラルコ博物館）　©MUSEO LARCO LIMA - PERU

古代ペルーの貴族階級は地上において、神の力を体現していました。彼らは死後、強大な力を持つ祖先となり、共同体の安全と保護を保証したのです。

その華やかな装いは、2つの世界における彼らの役割と地位を示しています。展示されている壮麗な黄金の装飾品を身につけて埋葬された人物は、チムー王国の9人の支配者の一人であると考えられています。

《王冠》《耳飾り》《首飾り》《肩章》《胸飾り》すべて チムー文化（西暦1100年～1470年）（ラルコ博物館）　©MUSEO LARCO LIMA - PERU

鼻飾りを身につけていたのは貴族階級の男女だけでした。大型のネコ科動物やヘビ、その他表現された動物たちの力が、着用者を変容させたのです。

口を覆うほど大きなこの鼻飾りに付属する金製の垂れ飾りは、着用者が呼吸するたびに鈴のような音をたてて揺れ動き、その神聖な地位を示しました。

《人間の顔と獰猛なネコ科動物が表された頭飾り》《円形装飾のあしらわれた二種類の金属の耳飾り》《獰猛なネコ科動物と頭をもちあげたヘビの装飾のついた鼻飾り》《カボチャの種を模した花模様の首飾り》《カエルモチーフの首飾り金》すべて モチェ文化（西暦100年～800年）（ラルコ博物館）　©MUSEO LARCO LIMA - PERU

古代アンデスの奥深い精神世界、そしてそれを具現化した驚異的な芸術性と技術力を肌で感じられる「マチュピチュ展」。悠久の時を超えて現代に蘇った至宝の数々を、じっくりとご堪能ください。

[ 取材・撮影・文：古川幹夫 ／ 22025年11月21日 ]